その年のセンター試験。高校生の時はセンター試験を受けなかったので、人生で初めてのセンター試験でした。2日間のセンター試験は、思ったより『あっという間に』終わりました。予備校時代に受けていた模試に比べて待ち時間が長く、試験官による顔の確認も行われ、厳かな雰囲気の中で試験が行われましたが、問題が始まったら、普段の模試と同じ状態でした。解き終わったら、部屋から出て、休憩しながら次の科目の最終確認をしていました。
『終わった科目のことは考えるな』とゲーリー(講師)から強く言われていたので、過去は顧みず、ひたすら次の科目のチェックをしていました。そう言えば、センター試験とハンター試験って似ているなと思っていました。違うのは、毎年死者が大量に出ないことと、会場にたどり着くことは比較的簡単だということ、念能力が使えないことくらいでした。センター試験の後には2次試験というある意味裏試験のようなものもありますし…。
2日間のセンター試験が終わった後、1年分の疲れが出たのか、燃え尽きました。帰りの電車でも何も考えられないくらい疲れ果て、気がつくと家に帰ってベッドに転がっていました。私の両親は共に低学歴なので、センター試験のことも知りませんでした。今思えば、あの時 逆に何も聞かれないことで、私自身救われたような気がします。
その夜は、ひたすら眠りました。約1年間の疲れが出たのか夢はみませんでしたが、翌朝起きたら、フラッシュバックのように、1年間という時間が走馬燈のように駆け巡りました。
適当に身支度をして、自分が解いたセンター試験の問題を持って、K塾に行きセンター試験の自己採点を行いました。
英語は9割、化学、生物、地理は約9割弱ほどありました。ただし…国語が200点満点中、120点ほどしかありませんでした。現代文でことごとく失敗していたのです。その時の現代文では、今まで読み慣れていない文章が、評論・小説の両方で出てきました。『これ昨日進研ゼミでやったのと一緒だ!』という進研ゼミの勧誘漫画で描かれているやつと真逆のパターンでした。『なにこれっ!?読みにくい…』というのが第一印象でした。しかも問題を解きながら、『こんなの初めてっ!!』と男の自分がまさか言わされるとは(しかもベッドの上ではなく試験中に)思ってもいませんでした。その現代文・小説で時間を取られすぎてしまい、古典・漢文も時間に追われてつまらないミスを連発していました。
結局、その国語が足を引っ張ってしまい、センター試験で合計80%しか取ることが出来ませんでした。2次試験で挽回できるほどの学力もないため、この時点でゲームセットです。『諦めたらそこで試合終了ですよ?』という言葉も頭をよぎりましたが、もうカモの医学部受験という試合は、終わってしまったのです。
一応、最後まで希望を捨てず、センター試験が終わってから、2次試験の猛勉強を始めました。記述試験だったので、ひたすら赤本で過去問を中心に解いていきました。もちろん、スムーズに解けません、あっという間に試験日になり、完全な対策が出来ないまま2次試験を受けに行きました。結果はやはり、惨敗です。前期・後期ともに半分くらいしか出来ませんでした。
当然結果は、不合格。合格発表を見るまでもありませんでした。
合格出来なかったことを確認し、K塾には、『不合格でした』と報告し、両親にも電話で告げました。両親は泣いていました。
学生時代、全く勉強してなかった。たった1年間勉強して受かるほど甘くはない。
わかっていた、わかっていましたよっ!!
そんなこと、チューターからもゲーリー(講師)からも、色んな人から言われてわかってましたよ!!!!
『やっぱりダメだった』、『無茶な計画だった』、『医学部舐めすぎ』、『現実を知った方がいい』、『現役生でもないのに、夢見過ぎだろ』、『お金の無駄』…。
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい…。
自分が悪いことくらいわかってる。
自分が努力してこなかった結果がこれっ!!自業自得!!
それが…『友人を見返したい』、『ぎゃふんと言わせたい』、
そんな不純な動機で医学部を目指して、図々しいにも程があるだろ!!
医学部に行く人は、小さい頃から毎日努力して、塾にも通って頑張ってきた。
医学部は、そんなエリート達がしのぎを削って頑張って行く場所!!
俺はどうだ?小中高と遊びつくして、フリーターまでして、怠惰な生活をして、
それがたった一年勉強してどうなる?
そんなカスが1年勉強して何が出来るって言うの?
どうしようもない。どうしようもないんだよ。
なのに、無駄な努力に100万円以上使って…。
馬鹿じゃないのか?
申し訳ないと思わないの?
もう…死ねばいいのに。
頭は混乱し、吐き気、頭痛、めまい、過呼吸が起き、その場にいられなくなりました。そこからはあまり覚えていません。
私は失踪しました。