#64.給料交渉(後編)

魂が抜けるカモ

 平日、通常勤務が終わってから、カモは勤務先の理事長である三田善吉先生御用達の料亭に呼ばれた。勤務中も、夜の食事会のことが気になっていた。

 食事会が行われるのは、病院から比較的近くにある料亭。歴史と伝統を重んじています(キリッ)という空気が出ており、理事長が大切な話をする時に使用されているという料亭だった。

仕事が終わり、スーツに着替える。怖い人がいっぱい出てきて殴られたらどうしようとか、不安が頭を過ぎった。実際、理事長は若かりし頃、武闘派だったという黒い噂もあった。こういう時のために、人は格闘技や護身術を習うのかもしれないと思った。ちなみに、自分は格闘技の経験がほとんどない。唯一の格闘経験と言えば、『ハンターハンター』『刃牙』を愛読していることしかなかった。

正直、不安しかない。

刺されそうになったら、首をガードすれば良いって、ハンターハンターでマチ先生が言ってたから、刺されそうになったら、これを遵守することとした。

【食事会で理事長に暴力を振るわれた時のイメージ図】

これは死ねる

あかん、これ死ぬやつ。

どうもマチ先生の教えは、私には早すぎたみたいだった。

Amazonで防刃チョッキを買っておけばよかったと後悔した。

こうなったら、もうマチ先生ではなく、戦闘力の高そうなヒソカ先生のスタイルで行くしかない、そう思った。

【食事会で理事長に暴力を振るわれた時のイメージ図その2】

死んでるやないかーい!!

こうやって一人悩んでいる間にも、夕食会の時間は刻々と迫っていた。

悩むと独り言をブツブツ言って、結局何も解決しないまま行動に移してしまう、カモ先生の悪い癖だった。

みのり『大丈夫ですよ、給料上がらなくても、与信回復しなくても、一緒ですから♪』

カモ 『えっ…ほ、本当ですかっ!?』

みのり『た…多分…』

多分って何っ!?

これは信じたらあかんやつ!!

そういうわけで、みのりさんに捨てられないためにも、給料アップは絶対必要条件っ!!

準備が出来たので、満を持して料亭に向かった。春はまだ遠く、日が暮れ始めた外の空気は暖かさを失い、カモの身体から体温を奪った。身体が震えるのは、寒さのせいなのか、これから始まる戦いの武者震いなのか、カモにはわからなかった。



後から席に着くのは、失礼かもしれないと思ったので、待ち合わせ時間より30分早く料亭に到着した。

『カモ先生ですか? どうぞこちらへ』

入り口の戸を開けると、どこからともなく料亭の女将がおもむろに出てきて、はっきりとした口調で言った。

女将『もうすでに到着されていますので』

カモ(はえーよっ!!まじで三田善吉かよwwwっw)

そう思いながら、女将に奥の個室まで案内してもらった。

個室に続く廊下、繊細に整えられた日本庭園や、厳かに活けられた季節の花が出迎えてくれたけど、今のカモ先生には、風流を感じる余裕が全くなかった。

『この花瓶で殴られたら死んじゃうな…』

そんなことばっかり想像していた。

扉を開けると、そこには高そうなスーツを着こなしている紳士が鎮座していた。

理事長『こんばんは、カモ先生。久しぶりだね』

いつものように、顔は笑顔だけど、目は全く笑っていなかった。

僕の苦手なタイプの目だ。表面的な笑顔、だが瞳の奥深くに知性を隠しもち、粘り強くチャンスを待つ忍耐力があり、そして何より 人生をそうやってのし上がってきた経験で裏打ちされた絶対的な自信をまとっているタイプ。

カモ 『平素より大変御世話になっております(紹介状のテンプレ)』

理事長『まぁまぁ、今日はカモ先生と楽しく食事をしようと思ってるだけだから、緊張しないで』

そう、これが大人。

絶対目的があるのに、まるで目的がないように振る舞う。

決して楽しいだけの食事会ではないことは明白っ!!

この食事会の目的は、『他の病院へは転職させないよ?』と言う釘刺しと、『給料は今のままで行こうね』というディスカウントなのは間違いなかった。本当に食事を楽しむだけだったら、こんな場所に呼び出したりしない。近くの鳥貴族で美味しい焼き鳥でも食べながら話せば済むはずだ。

大人汚いっ!!

カモ『あ…ありがとうございます(萎縮』

だがここはカモ先生も、下半身以外は大人なので、

『本来の意図には気づいていませんよー』っていうオーラを出しておいた。

席に着くと、着物を着こなしたベテラン女将さんが飲み物を勧めてくれた。

女将『何を飲まれますか?』

理事長『カモ先生、好きなの飲んで。私はウーロン茶をもらおうかな』

カモ 『アルコールはダメなので…オレンジジュースください』

オレンジジュースください

ついに、このセリフを使う時が来た!!

交渉相手がノンアルコールなのに、自分だけアルコール摂取するのは非常に不味い。カモ先生は、毎回、いつもいつもそうやってアルコールを摂取することで酩酊状態となり、気がつけば日米修好通商条約もびっくりするような不平等契約を医局で数々結ばされてきた。こうやって飲み会で医局員に都合の悪い契約を結ばされてしまう現象を医局内では、『人権のお持ち帰り』と言われている。

でも今回は違う、アルコールに惑わされず、はっきりと給料アップを勝ち取るのだ。その先に、みのりさんとの愛があるんだからっ!!(キリッ

※書いてて辛くなっているので、『愛はお金じゃないですよ』という正論は控えてください。

理事長『果汁100%のやつにしてあげて、カモ先生いつも100%で生きてるから(笑』

カモ『給料は110%を要求しますけどね(にっこり』

危なく、自分から給料交渉を切り出しそうになってしまった。

挨拶の後、近況報告などをして和やかな雰囲気になったところで食事が出てくる。

食事を食べながら、理事長の派手な私生活についてツッコミを入れたりして、楽しい時間が流れた。そうした雰囲気の中、とうとう勝負の時が来た。

理事長『そう言えばカモ先生、XX病院に引き抜かれたって??』

座席の背もたれに、軽くもたれかかったまま、理事長が今までと変わらないトーンで切り出してきた。

カモ 『はい、条件も良かったので、二つ返事で了解したのですが…』

ここは正直に返答し、相手の出方をうかがう。

理事長『条件って??』

カモ 『月に1回のキャバクラ接tt 主に給料ですね

おっと、、、序盤からうっかりミスするところだった。

ヒヤリハット事例だ。ここでミスをすると、インシデントではなく即アクシデントになってしまう。

理事長『そんなに良かったの?』

恐らくその辺の事情は理事長も熟知しているはず。情報の確認か、知っている情報以上の何かを引きだそうとしているのか。

カモ『今の給料の20%増額を提示されました』

本当は10%だったけど、さりげなく数字を盛ってみた。

最初に断られる前提で大きな要求を仕掛け、その上で本当の目的だった小さな要求を通す、ドア・イン・ザ・フェイス作戦っ!!

今回は大きい数字を言った後に、小さい数字を出すことで要求をマイルドな印象にして通しやすくする、間接的ドア・イン・ザ・フェイス作戦だった(ドヤ顔

理事長『そうかそうか』

理事長の表情は全く変わっていない。

カモ 『でも、医局に反対されましたけど…』

理事長『まぁ、うちは医局の関連病院だし、カモ先生にいてもらわないと困るからね』

この発言は、『理事会が医局に根回しして、カモ先生の転職の話は潰したからね』という意味だった。つまり、この発言はこの食事会において宣戦布告を意味するものだった。

理事長のターンっ!!ドロー!!

『神(医局)の支配』を発動っ!!

効果:カモ先生を無力化する

向こうから仕掛けられたバトル、ここまで来たらもう退けない。

絶対に給料を上げてもらうっ!!

今度は私のターンっ!!ドロー!!

『給料の値上げ』を発動っ!!

カモ『ところで…来年の給料についてなのですが…』

理事長『うんうん』

カモ『ヘッドハンティングされたXX病院と同じ金額にしてください』

デッキから『具体的な金額』をドロー、理事長に提示っ!!

理事長『それは難しいね』

理事長は即答だった。

悪・即・漸、お前はるろうに剣心の斎藤一かっ!!

カモ『なんでですか?』

ここまで来て、『そうですよね、わかりました』で引き下がれるはずはない。この給料交渉は、僕とみのりさんの未来がかかっているのだから。負けないっ!!

理事長『カモ先生の給料上げたら、他の先生の給料も上げないといけなくなるでしょ?』

カモ 『そうなんですか??』

理事長『だってほら、カモ先生の給料だけ上げたら、不公平でしょ?』

カモ 『不公平?』

理事長『そう、不公平だよね。他の先生と同じ仕事なのに』

カモ (かかった!!!)

トラップカード発動、『医師別売り上げ表』。

カモ先生は、カバンからA4の用紙を取り出して机の上に並べてターンエンドっ!!

理事長『これは??』

カモ 『医師別の診療報酬額です、直訴状でも少し触れさせていただきましたが、具体的な数字を持ってきました』

理事長『これ…どうやって出したの?』

理事長の顔に少し驚いた様子が浮かぶ。

カモ 『レセコンの集計をいじって出しました(テヘペロ』

手伝ってくれた事務のスタッフさんがエクセルに入力して表とグラフを作ってくれていた。理事長はそのA4に描かれたグラフと数字をまじまじと見つめていた。

まだ俺のターンっ!!

カモ『他の先生と比べて、自分の診療報酬は20%以上高くなっていますよねっ!!統計学的にも有意差もしっかりと出ていますよっ!!』

理事長『そうだね…無駄に論文のようなグラフだね…』

カモ 『新患の受け入れについては、5倍以上の差があります』

理事長『そうだね…』

守備表示?なにそれ美味しいの??

ここまで来たら全力で攻撃表示するしかないっ!!

ここで勝負を決めるっ!!

まだ俺のターン!!ドロー!!

カモは手札より『ストライキ』を攻撃表示で召喚っ!!

カモ『他の先生と同じ給料なら、4月からは自分も他の先生と同じ仕事量にしますね。診察も制限して、新患も他の先生と同じ数になるようにバンバン断りますね(はぁと』

理事長『えっ…』

カモ『来年から新しく診察室を増やして、外来診療日を多くする計画も、いったん凍結ですね(ニッコリ』

理事長『『それは困るかなぁ…でも、カモ先生もそんなことしていると医局から何か言われるんじゃないかな?

理事長のターン、ドロー!!手札より『白い巨塔』を攻撃表示で召喚!!

白い巨塔カードの効果は、『医局員の絶対服従』、このカードで理事長はカモ先生の給料アップ効果の打ち消しを実行し、ターンエンド!!

理事長の顔に笑顔は減っていた。

その代わり、口角を上げてカモ先生を見つめていた。

そうはさせない、カモのターン!!ドロー!!

手札より、『支配からの卒業』を攻撃表示で召喚っ!!

カモ『言い忘れたことがありました…。私は今医局に所属していますが、必ずしもずっと医局にいるわけではありません。明日にでも、医局をやめてドロップアウトする選択肢も考えています。もちろん、その際はこの病院で何かあったんだろうなって噂になるかもしれませんけども…代わりの先生、来ると良いですね(ニッコリ』

理事長『カモ先生、それは脅迫でしょ』

カモ 『可能性の話ですよ』

今まで数々の不動産取引で、怖い人達と会って交渉してきたせいか、交渉も比較的スムーズに進んだ。ガッキー不動産の社長や地銀の支店長、競売の取引で来た不動産ブローカーの人の方が遙かに怖かった。

理事長『確かに、今年はベッドの稼動率も良いし、何より外来の数字が跳ね上がってる』

カモ 『人も機材も豊富な病院ですから、医者のやる気があればもっと上がりますよ』

わずかな沈黙が流れた後、理事長はA4の用紙をじっと睨みながら言った。

理事長『カモ先生のこの数字は来期も行けそうなの?』

カモ 『それ以上の数字は出ますよ、給料が上がれば…ですが』

理事長『あと…私が聞いた情報では、XX病院が提示した金額は、今の給料の10%アップだったと思うんだけど?私の勘違いかな??』

バレてるっ!!!Σ(゚ロ゚;)

カモ 『あっ…そ…そうでした。人間の記憶って曖昧ですね(白目』

理事長『カモ先生、なかなか面白いね』

理事長がニヤッとして言った。

『面白い』とはどういう評価なのだろうか。

『近い将来、消される』という評価ではないことを今は祈るしかなかった。

理事長『では10%の値上げ、受け入れましょう。他の理事には私から言っておくよ』

カモ(まじでかっ!!Σ(゚ロ゚;) どうせなら20%にして欲しかった!!

本当に、給料アップになった。

スタッフのみんなありがとう。カモ先生は勝ち取ったよっ!!

いっぱい焼き肉おごるからっ!!ケーキも食べに行こう!!

そして…田中正造先生ありがとう!!

理事長『ただ…他の先生には黙っておいてね。めんどくさいことになるから』

理事長はニコっと笑った。その笑顔は、まるで子供のような屈託のない優しい笑顔だった。

カモ『もちろん約束します』

でも手伝ってくれたスタッフの人にはバレるけど…

それはしょうがないよねっ!!(テヘペロ)

理事長『ところで、この最後の行に小さい字で書いてあるやつ…』

カモ 『えっ?』

理事長『休憩室にネスカフェ ドルチェグストを設置希望って??』

カモ 『えっ…何ですかそれ…』

理事長への要望リストの一番下の所に、小さい字で書いてあった。

『休憩室にネスカフェドルチェグストを設置』

ちょwwww誰wwwこんなの書き足したやつwwww

犯人の目星はついている、そう…これは絶対、薬剤師の先生の犯行。

ずっと前からネスカフェのドルチェグストを職場で飲みたいって言ってたし、何より今日昼休憩の時に、『カモ先生、本当楽しみにしてますねっ!!』ってものすっごい笑顔だったし…。

理事長『これは…コーヒーメーカーみたいなやつかな?』

院長は真顔で聞いてきた。

カモ 『そ…そうですね…美味しいコーヒー…飲みたいかなぁって思って…』

理事長『カモ先生、コーヒー好きなの?』

カモ 『だ、大好きです!!だからみんなにも美味しいネスカフェを味わって欲しくて…』

もはや意味不明だった。ネスカフェのセールスマンでもないのに、何故自分がこんな必死にネスカフェの商品を推しているのか…。そもそも自分はいつもUCCのインスタントコーヒーなのに…薬剤師の先生、許すまじ…。

理事長『これ…欲しいの??』

カモ 『いえっ!!そんな!!滅相もございません』

理事長『これいくらするの?』

カモ 『多分…1万円くらいですかね…』

理事長『わかった、じゃあ私が個人的に買ってあげるから。休憩室に置きなさい』

カモ 『えっ…』

理事長『その代わり、コーヒーの粉とかはカモ先生が買うんだよ』

まじでかっ!?

よくわからないけど、

どさくさに紛れてネスカフェドルチェグストをゲットwww

自分も理事長への要望リストに、社用車レクサスって書けば良かった!!!!!!

そうして、無事食事会は終わった。

すっかりと夜は更け、冷たい空気はその勢いを増していた。

女将さんが呼んでくれたタクシーに乗り込む理事長。

理事長『カモ先生、一つ教えて欲しいんだけど…』

タクシーの開いたドアの前で、理事長が振り向いて言った。

理事長『どうしてそんなにお金が必要なの?』

理事長は興味深そうな顔をしている。

交渉はすでに終わったはず、そう思ってカモは素直に答えた。

カモ 『男がお金を求める理由なんて、一つしかないですよ』

理事長『ほう』

カモ 『理事長と同じだと思っていますけど…』

理事長『私と??』

理事長は少し意表を突かれたような表情をした。

カモ 『女性関係ですっ!!』

理事長『あー、それはしょうがないwwww』

カモ『えぇ…しょうがないけど、すごく困っています』

理事長は大きな声で笑った。それに釣られてカモも笑った。

理事長『今度、またカモ先生を食事に誘うよ。次は本当にプライベートで(笑)』

えっ、何これ殺人予告っ!?

カモ 『Oh…お願いします』

次、また無礼なことを言うと消されるかもしれない。レクサス買ってくれとか…。

とりあえず今の病院で仕事を頑張ろうと思いました。

暗闇に吸い込まれるタクシーを見ながら、カモはみのりさんにLINEをした。

カモ 『4月からの給料アップに成功しました』

みのり『おめでとうございますっ!!そしてお疲れ様でした!!』

カモ 『これで与信回復の道筋が出来ましたねっ!!』

みのり『それはすっごく楽しみですね(はぁと』

LINEの向こうに、純粋かつ邪悪な笑顔をしているみのりさんの姿が想像できた。

カモ 『与信回復したらまた物件見に行きましょうっ!!』

みのり『カモ先生、与信回復しなくても見に行きますよっ!!実はまた面白い物件が…

カモ 『えっ…』

こうして、長い1日が終わりました。

手伝ってくれたスタッフの方々、ありがとうございました。

追伸)ドルチェグストのコーヒーの粉、めっちゃ高いんですけど…

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コメント

  1. せいやく大家 より:

    交渉の鑑ですね。綿密な準備、アンカリング、時に自分の切り札を使いと。情報量は理事長の方が上で、やはり偉い人は偉くなる理由が有るのだな、という部分も感心しました。

    これで、また株も買い増し出来ますね(笑)(Twitterも見ています)。

  2. かもねぎ先生(管理人) より:

    コメントありがとうございます (*´∀`*)
    知識量も交渉のスキルも、理事長の方が1枚も2枚も上手でした。
    仰る通り、偉い人は理由があって偉い人なんですよね…。

    自分もしっかり勉強して、いつか偉い人に…って思っているのですが、最近は白鳩とワコールへの株式投資のせいで、下着ばっかり勉強していて、『偉い人』ではなく『エロい人』になってしまっております。

    またぜひぜひ読んでやってください \(^o^)/