#-15. 二度目のセンター試験(復讐の国語)

センター試験国語

センター試験1日目にして、勝負の時が来た。

2科目目、国語。

国語は、センター試験を語る中で重要事項であり、たった1問で8点も落としたりする、まさに一撃必殺(される方)の科目。国公立の医学部を志望する受験生の半分が国語で散ると言っても過言ではない。そして何より、自分の過去の中で最重要事項であった。

去年味わった 200点中、120点(6割)という雪辱。

死ぬほど辛かった。再起が出来なくなるほど心が折れた。

国語の敗北

それでも、両親、予備校の先生、チューターのおかげで、

何とか立ち上がり、今ここに座っている。

センター試験の国語、受験勉強開始から昨年まで模擬試験の度に高得点だったり、全然正解していなかったりと安定感がなかった。シンクロ率が高い時には高得点、シンクロ率が低い時には失点が多い状態。

シンクロ率

安定感が出ない理由を突き止め、その対策に1年間を費やした。

今までのセンター試験の過去問題全てを解き、追試も解いた。

共通一次の時代の国語の過去問も解いた。

東大、京大の記述試験(過去問)も解き、予備校の先生に週に1回、ワンツーマンで添削・ディスカッションをしてもらった。これは非常にありがたかったと今でも思う。

ともあれ、国語と歩んだ一年間は楽あれば苦あり…いや、訂正する、

ほとんど苦っ!!

教室は静かだった。時折受験生が咳き込む音が聞こえる。

まるで機械のような試験官が、静かな足音と一緒に机の上に問題用紙を置く。

武者震いがした。

でも怯えはなかった。楽しむと決めた。ゲーリーともそう約束した。

それに…今さらセンター試験の国語ごとき、負けるわけがない。

『始めてください』

そして、ついに国語の試験が始まった。

深呼吸をして、目を閉じた。

受験生達が問題用紙をめくる乾いた紙の擦れる音が消える。

ゆっくりと目を開ける。教室いっぱいにいた受験生の姿は見えない。

ただ眼前には問題用紙とマークシート、そして筆記用具。

問題用紙をひっくり返し、漢文から開始した。

当時自分にはジンクスがあって、

漢文→古文→現代文(評論)→現代文(小説)

という順番で、いつも国語は『漢文』から解くことにしていた。

国語の点数が安定しないスランプ状態に陥った時、視点を変える意味があったのと、時間配分を考えての作戦でもあった。

古文・漢文は考える必要もなく、論理的に考える問題が非常に少ない(センター試験ではほぼない)ので、問題を解くのに時間はかからなかった。

センター試験の漢文は、わかりやすい『人生訓』のようなものや、『大昔の自己啓発本』みたいなもの、そして『意識高い系の独り言』が多く、内容はそれほど難しくない。素直に日本語に訳していけば、それで終わる。あとは文法とか漢字(単語)の意味とかサクッと答えて終わりだった。

古文に至っては、くっそどうでもいい恋愛ファンタジー』『世にも奇妙な物語(大昔バージョン)』『仏教すげええええ!!』な話しかほぼ出題されないので、そもそも論理的に考える必要がなかった。古文でも、ときどき自己啓発話や意識高い系の話が出てくるけど、古典で出てくる自己啓発話は、マウンティング臭がしてあまり好きではなかった。恋愛ファンタジーについては、リア充〇ねっ!!て思っていた。

結局、漢文と古文については、暗記しているかどうか、頭の引き出しから正しい知識を適切に素早く引き出せるか、それだけなので考える必要がなかった。逆を言えば、知らなかったら考えても無駄だった。

だから、古文・漢文は時間をかけることなく、サクッと進めた。

そして余った時間で、論理的作業が必要な現代文にとりかかる戦略をとっていた。

昨年は、暗記不足があり、古文・漢文でも多少失点があったけど、今回は確実に点数を稼いだ。

そしていよいよ、問題の現代文に差し掛かった。

ここからは、全力で行く。

100%

昨年の現代文の敗因、それは端的に言えば『感情移入』だった。

物語を読むとき、登場人物の気持ちになりなさいと小学校の頃、教わった記憶があったが、受験の国語(現代文)においては、『感情移入』したら負ける。

例え、小説が甘酸っぱい恋愛小説であっても、大事な人が亡くなる悲しいストーリーであっても、そこに感情を挟むことは許されない。

現代文の解答のルールとして、『書いていないことは答えにならない』という大原則がある。冷静に考えると当たり前で、文章は人によって受け取り方が違う。受け取り方が違ったら、答えが違ってくる。誰が考えても、同じ答えになる、すなわち客観性がある答えだけが正解となることが出来るのだ。結局、誰が見ても同じ答えになるということは、感情があったらいけないということになる。

文章を読む際に、私的な感情を全て排除し、冷静に、忠実に文章を捉えていく。

次に大切なのは、『語彙力』だった。

現代文の問題は、問題文を辞書的に分解し、別の似たような言葉で置き換えたものが正解になっている。

例えば、

【問題】

『横線①』とあるが、どういうことか。その説明として最も適当なものを選べ

つまりこれは横線①の文章を分節ごとにバラバラにして辞書的に別の言葉に置き換えたモノが正解となる。そうせざるを得ない。日本語を、まるで外国語のように1節1節、丁寧に翻訳するのである。そこで少しでもオリジナリティを出したら、それは主観であり、客観性を失ってしまう。

そういった『作業』を行うのが、この1年で培った現代文の解き方だった。この解き方にして、現代文での失点はなくなった。点数は常に9割以上をキープするようになっていた。解答に客観性を失い、主観が混じるときにシンクロ率が低下することがわかった。シンクロが揺れる原因は、語彙力の不足であったり、楽に問題を解こうという弱い自分の意志だった。

そして、常にこの方法を徹底して行っていると、そのうち出題者の意図が見えてくるようになった。正解の選択肢を選ぶだけでなく、不正解の選択肢を見て、『あー、ここで引っかけてやろうと思ってるんだな』とか、『この選択肢はちょうど全く逆の意味で作っているんだな』とか、『この選択肢、前半のここで引っかけようと頑張っていたけど、後半飽きて適当になってる…ちゃんと最後まで気合い入れて作れよwww』って思えるようになってくる。そうなると、恐ろしいほど点数が安定してきた。

1年前の自分が見たらナニコレ珍百景認定である。

気がつくと、問題が終わっていた。

『これで…終わり…??』

あっという間だった。試験終了まで、15分くらい余っていた。

気になる所を見直そうかと思ってページをめくった。

気になる所がなかった…。

試験が終了するまで、ずっとこんな感じで過ごした。

瞑想

『筆記用具を置いてください』

試験官の声が遠くに聞こえた。

筆記用具どころか、『音を置き去りにした』状態だった。

国語の試験が終わった。同時にちょうど1年前の復讐が終わった。

長かった…。

憑きものが取れたような感じがして、一気に体の力が抜けた。

マークシートが回収され、終了が告げられた瞬間、耐えきれず笑みがこぼれた。

絶対的な自信

結果は…わかっていた。絶対的な確信に近い感情。

アドレナリンの過剰分泌が作り出す興奮によって、今までの人生で感じたことのないほどの快感を感じていた。

こんなのはじめて(はぁと

翌日の採点で、国語は200点満点だった。

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コメント

  1. はなとたいよう より:

    克服をすると、こんなにも気持ちいいんですね…!
    ここまでの気持ちよさはなかなか体験できないだけに、楽しくかつ嬉しさお裾分けされたみたいです。(*゚∀゚)ウヒャホー
    ほんと、皆さんの努力が実って感涙

    • かもねぎ先生(管理人) より:

      コメントありがとうございます!!そう言っていただけると大変嬉しいです。
      今まで何も克服したことはなかったので、色んな意味で衝撃的でした(*゚ェ゚*)