決済の待ち合わせ場所には、いつものメンバーと、穏やかそうな老夫婦が座っていた。
カモ(今日の取引相手は、優しそうな人達だ)
そう思いながら、安心して自分の席に座った。
みのりさんと僕はいつものように隣同士で座る。
いつもと変わらない風景なのに、いつもより近くにみのりさんを感じた。
老夫婦『今日は宜しくお願い致します』
カモ 『こちらこそ、宜しくお願いします』
老夫婦は二人とも穏やかで紳士的な口調だった。
挨拶を済ませると、早速宅建士による重説が始まった。
さっきまでの穏やかな気持ちは何処へやら。
昨日、当直だったせいで眠気がひどい。
外は炎天下で日差しがジリジリてりつけていたけど、
取引が行われるこの部屋は涼しい。
重説の声が、子守歌のように聞こえ、気がつくと意識を失っていた。
カモ『( ˘ω˘)スヤスヤ…Zzz…』
『痛っ!!』
気持ちよく眠っていると、突然鋭い痛みが太ももに走った。
みのりさんが僕の足をボールペンで刺してた。
みのり『カモ先生、起きてください!!説明中ですよ!!』
カモ 『す…すみません、ついつい睡魔に負けてしまいました』
刺された太ももがズキズキと痛む。
容赦無い強さで刺された気がしたが、怒ってるみのりさんも可愛かったので気にしないことにした。
そんな僕たちを見て老夫婦は穏やかに笑っていた。
重説をしてくれていた宅建士は苦笑いをしていた。
何回もウトウトし、その度にみのりさんにボールペンでツンツン(?)された。
重説は人によって、その長さがすごく変わってくる。今回の宅建士さんは、丁寧というか…無駄に解説をはさんでくるタイプの人だった。
ウトウトしてみのりさんに起こされてても、ページが変わっていなかった時は絶望を覚えた。
重説が終わり、後はひたすらサインをしまくって、ハンコを押す作業だった。
いつも通り、あとは簡単な作業で売買契約が終わり、新たに2つの物件が手に入る。
そのはずだった…。
カモが、不要な一言さえ言わなければ…。
カモ『そういえば、今回はどうしてこの物件を手放すんですか?』
老夫婦はお互いの顔を一瞬見合わせて、ゆっくりと言った。
老夫婦『私達二人とも、病気を患っていまして…。私達二人とも、高齢ですし、もうそんなに長くないと思いましてね。残りの人生を、二人でゆっくり過ごそうかと思いまして…。』
一気に取引現場の空気が重くなった。
みのり『カモ先生っ!!一気に空気重くなったじゃないですかっ!!』
カモ 『そ…そんなこと言われてもっ!!まさかこんな重い答えが返ってくるとは思わないし!!』
「助けてっ!!」と僕は首を横に向けたが、説明を終えた宅建士は、速やかに荷物を片付け帰る準備をしていた。
司法書士の先生は、『私はただの機械です』と言わんばかりに表情ひとつ変えず黙々と作業をしていた。
(気配消すのうまくない?空気なの?普段から気配消すお仕事してるの?ねぇねぇ。)
老夫婦『それでね…』
沈黙の中、突然老夫婦が話し出した。
老夫婦『実は、もう1件物件があってね…』
カモ『えっ…Σ(゚ロ゚;)』
婦人がカバンからA4用紙を取り出した。
501号室と手書きで書かれた、ボロボロの用紙。
『200万円』と書かれている。
カモ(悪魔)『このばばあ、重説中に物件売ってきやがったwwwww』
老夫婦はニコニコ穏やかな顔をしながら、マイソクをカモの方にぐいぐい押してきている。
カモ(天使)『なんか…全然元気そうですね…』
カモ(悪魔)『今ここでこの老夫婦、ピーッしたら3戸目安く買えるんちゃう?』
カモ (いやいや、何言ってんのwwwとりあえず、この雰囲気で断りにくいですが、今回はしっかりお断りさせていただきましょうかね…)
カモ(天使)『そうですね…それが良いですね』
カモ『確かに良い物件かもしれませんが、ちょっと今回は遠慮しておきま…』
老夫 『ゴホッ!!ゴホッ!!』
言葉に詰まっていると、突然隣に座っていた高齢の老人が咳込み始めた。
カモ(いやいやいやいや!!何その重症アピール!!さっきまで全然咳き込んでなかったのにっ!!)
婦人が背中を優しくさすっていた。
咳き込む夫の背中をさすりながら、時々、困った顔をしながらちらっちらっとカモの方を見てきた。
カモ(天使)『コンディオレンジ!!カモ先生っ!!これは罠ですっ!!』
カモ 『何てトラップだ…最初から計算されていたのか…。』
司法書士の先生をちらっと見た。
司法書士の先生は、
『手数料払ってくれたら、いつでも手続きしますよ、フフン』
みたいなホクホクとした顔をしている。
カモ(こいつはダメだ、味方じゃなくなった。)
四面楚歌…ここには味方はいないのか…
みのり『じゃあ3つ目の物件ですし、ぴったり3割の60万円ですねっ!!』
老夫婦・カモ・宅建士・司法書士 『えっ!?』
みのりさんの言葉が、取引の場の空気を変えた。
みのり『ほらっ!!言うじゃないですか、三途の川を渡るのに六文銭って。六文…まぁ60万円あったら足りますよねっ!!』
カモ (三途の川…もう死ぬこと前提にしてる…)
カモ(悪魔)『あかん、本当にやばいねーちゃんがここにいる!!』
カモ(天使)『ジーザスっ!!神様、この子にとりついている悪魔をすぐに浄化してください』
四面楚歌、漢の大軍に囲まれた状況に、突然ゴジラが出現して暴れまくっているような状況になった。
老夫婦『さ…さすがに…60万円は…』
みのり『良いじゃないですかっ!!もうすぐ死ぬかもしれないですしっ!!いつかの200万より、目先の60万円ですよっ!!』
カモ『あかん、このゴジラ、シンゴジラや…』
司法書士さんの方を見たら、目をそむけている。
宅建士は、下を向いて何か呪文のようなものを唱えている。(エクソシストかな?)
カモ(皆さーん。関わりたくない気持ちが前面にでてますよ。場の収拾がつきませーん。どうかこの子に人の心を!!)
老夫婦は、お互い目を合わせながら首を振ってプルプルしている…。
カモ(そりゃそうだ、さすがに60万円はダメだろうwwww)
みのり『じゃあ…間をとって、130万円はどうですか、倍ですよ、倍っ!!』
カモ(間っ!?それ何の間っ!?)
カモ(悪魔)『確かに、2倍だけど…60万円の時点で、7割引きやでっ!?』
カモ(天使)『130万円でも35%ディスカウント…悪魔や…』
カモ 『2倍!2倍!(洗脳』
老夫婦(あかん…こいつらヤバい…)
みのり『ねっ!!司法書士さんもその方が手間が省けてばっちグーですよね!!』
司法書士『えっ!?そこで私にふってくるんですかっ!?』
みのり『ほらっ!!手数料稼ぐチャンスですよっ!!』
司法書士『じゃあ…ここは…せめて140万円で…どう…ですかね…』
老夫婦『ふぁっ!?』
カモ・みのり『ほらっ…ほらっ…』
誰が味方で誰が敵かわからない状況になった。
老夫婦『きょ…今日は取引も終わったのでこの辺で失礼しましょうか…またこの物件に興味がありましたらぜひ宜しくお願いしますね』
老夫婦は、マイソクをカバンにしまいこみ、逃げるように決済現場を後にした。
カモ 『た…助かったのかな…』
司法書士『惜しかったですね(意味深』
みのり『もうちょいでしたねっ!!(清々しい笑顔』
カモ 『すいません、もうちょいの意味がわかりません。』
みのり『カモ先生、あの物件これからも積極的にアプローチしていきましょう!!あそこはリフォームしていましたし、すぐに入ると思うので絶対買いですよっ!!』
カモ 『もう…好きにしてください…』
そんなわけで、バリューセットが2戸から3戸になるのは防げました。
重説中に別物件を売り込まれるという貴重な体験が出来たこと、そして誰が敵で誰が味方かわからないまま取引が行われたこと、そして何より思ったこと…それは
不動産取引って怖いですねっ!!(白目