日曜日の午後、福岡から帰ってすぐに社長に連絡し、みのりさんの勤める不動産会社に向かった。
事務所に入ると、そこは社長が一人。机に向かってパソコンをいじっていた。
社長『カモ先生、どうした??急に話しがあるって?』
カモ『ちょっと見せて欲しい物件があるんですけども…。』
社長『うちの管理している物件?』
カモ『そうです』
社長『何か気になるのがあった?』
社長がゆっくりと立ち上がり、金属製の棚からファイルを取り出す。
カモ『あの…XXX町にある9000万円くらいの物件ってありますか?』
社長『ん?』
社長が一瞬、驚いたような顔をしてカモを見た。
社長『とうとう来たか…。』
カモ『やっぱりあるんですかっ!?』
社長『あるよ…』
カモ『見せてもらえませんか?』
社長はファイルから縁がボロボロになった書類一式を取り出して、カモ先生に手渡した。
住所:街中心エリアの端っこ
価格:9000万円
坪数:90坪
坪単価:100万円/坪
地目:宅地
建物:築40年
用途:商業
建物・建物・駐車場の賃料として年間400万円の収入あり
表面利回り:約4.4%
カモ『これまた…何とも言えない物件ですね…。』
社長『カモ先生、みのり本人から聞いたの?』
カモ『いえ…違う人です』
社長『白鳥か…』
カモ『しかいないですよね…。』
社長『で、どうするの?買うのこれ?』
カモ『買えるはずないじゃないですか、お金も与信もないのにw』
社長『今持っている物件を全部売って、銀行と交渉したら行けるかもしれないけどな』
カモ『それは…みのりさん怒りますよね…。』
社長『そもそもこの物件をカモ先生が買ったら、みのりはパニックになるんじゃないか…。』
カモ『ですよね…みのりさんは知らないですしね。』
社長『ここ最近、みのりの様子がおかしいけど、これ関係あるの?』
カモ『いえ…この物件は関係ないと思います…多分…。』
返答に困った。
社長『そうか…で、これはどうするの?とりあえず俺はカモ先生に何も見せてないってことにしとこうか。』
カモ『はい、それでお願いします。』
社長『カモ先生、将来的に…買うつもり?』
カモ『みのりさんが買うつもりなんでしょ?』
社長『そうだよ、だから広告も載せていないし伏せてるからな』
カモ『じゃあ何で私に聞くんですか?』
社長『いやぁ、カモ先生だったら先にこの物件を手に入れて、それでみのりを脅すかなと…』
図星だった…。
カモ『なにそれひどいwwwwそんなことするはずないじゃないですかー(すっとぼけ』
社長は、『そうか?面白いと思うけど。』
社長は完全に悪人の顔になっている。すごく楽しそうだ。
カモ『でも、脅せますか…ね?』
社長『どうだろうな…。』
休日の事務所は誰もいないせいか、静まりかえっていた。事務所内には、外を通る車の音や人の笑い声が静かに聞こえていた。
社長『みのりは、この物件について特別な思い入れがあるからな…。今さら買ってどうするんだって言ってたんだけどな。過去に縛られているようにしか見えないし』
カモ『ですよね…みのりさんは買えそうなんですか?』
社長『金額が金額だしな…普通のOLが20代で買えるような金額じゃない…。』
カモ『買えるまで頑張るつもりですかね…』
社長『そうだろうな…ただ物件を買い戻すという意思が彼女の原動力になっているのは間違いないけどな。』
カモ『原動力…ですか。』
社長『カモ先生がこの物件を買ったら、みのりは何か心の中でポキッと折れてしまうんじゃないか?それが一番怖いな』
社長の言葉はすごくリアルに感じられた。
一生懸命やってきた努力に対して、第三者(カモ)が横槍を入れて良いものなんだろうか…。
どうしたら良いかわからない…。
カモ『社長、1つ確認させてください。これもし自分が買いたいと言ったら売ってくれますか?』
社長『そりゃあ、うちは不動産会社だからな。ちゃんと手数料が入って利益が出れば売るよ。と言いたいところだが…悩むだろうな。』
カモ『そうですよね…』
社長『ただ…みのりはうちの大事な従業員だ。泣かすような真似をしたら、その時はカモ先生でも覚悟してもらうからな。』
カモ『ひぃ…』
社長『まぁ、カモ先生はそんなことするタイプじゃないしな。むしろみのりのために自分を追い込むようなことだけはしないで欲しいかな。』
カモ『は…はい。』
社長『どうせ、みのりが買うか、カモ先生が買うんだろう。物件は逃げない。これからも広告に載せないし、気長に待ってるわ』
カモ『頑張ります』
カモは社長にお礼を言って、事務所を出た。外に出るとポツポツと雨が降り始めていた。
急いで車に戻り、僻地の我が家へと戻る。僻地に戻るその車の中で、この週末のことをずっと考えていた。
考えごとをしながら、ゆっくりと車を走らせていた。赤い信号の光を見て、お酒に酔ったみのりさんの紅い頬を思い出した。OL姿の女性を見て、一緒に物件の見学に行ったことを思いだした。流れる雨の跡を見て、みのりさんの涙を思い出した。
福岡に行って、白鳥と話して…
みのりさんの過去、現在、そして未来を少しだけ知ることが出来た気がする。
だがみのりさんの過去を、そして今背負っているものを知っても、自分のやることが、すべきことがわからない。長い時間がかかっても、みのりさんがこの物件を自分の力で買い戻すのを待つべきなのか、それとも自分がこの物件を買って、主導権をとるべきなのか(脅すべきなのか)。
ただ、今やるべきことは、買う・買わないは別として、この物件を買えるだけの力(与信)を蓄えることだと思う。
いざとなったら、みのりさんを脅してでも、付き合うっ!!
みのりさんと一緒になるためなら、喜んで悪魔にだってなってやろうじゃないか。