#−3.カモのフリーター生活(野鳥保護法編)

同級生は海でリア充

 大学を受験しなかった(出来なかった)ため、高校卒業後は、フリーターになりました。

 主にスーパーのアルバイト(レジ打ち、品出し、水産、農産)と熱帯魚のエサやりバイトなどをして過ごしました。確か時給は850円程度だったと思います。それなりにやりがいはあったと思います。ただ、毎日ほぼ同じ作業の繰り返しでした。特にスーパーの品だしは、出しても出しても、お客さんが商品を買っていくので、時間が経ったらまた再補充しないといけない状態で、まるで賽の河原で石を積んでいる状態でした。 

 19歳の時、何を思ったか『旅に出よう』と思ってしまい、そのままヒッチハイクの旅に出ました。無秩序・無計画の行き当たりばったりの旅です。

 タイムマシンがあったら、この時の自分をバールのようなものでなgry

 もちろん、お金はすぐに尽きました。

見ず知らずの土地で、家族も貧乏で頼ることが出来なかったので、そのままホームレス状態となりその日暮らし。

『うわぁ・・・段ボールの中・・すごくあったかいナリ・・・』

この時、初めて段ボールの中で寝る生活をしました。2週間ほど、段ボールで寝泊まりしていましたが、さすがにこのまま段ボール生活はやばいと思い、たまたま、求人していたコンビニにバイトで潜入しました。店長に家がないことを伝えたら、どや街にある安い賃貸を手配してくれました。そのまま店長の好意に甘えて生活。

 2年間ほど、コンビニのバイトを中心とした貧乏暮らし。時給は1000円ほどで、以前と同じように、働いても働いても貯金は増えず。幸い、弁当の廃棄をもらえたので、食費は浮いていましたが、漫画やゲームを買って浪費的かつ自堕落な生活を送っていたので、ギリギリの生活でした(社会的にも)。

 それでもお金が足りない時は、プール掃除、屋台の店番などをしてお金を稼ぎました。

そんなその日暮らしの生活も嫌気がさしてしまい、逃げ出しました。

 バイト先の人間関係、安い給料、見えない将来…。故郷から離れた街、しかも どや街の片隅で一人。暇を持て余した時に、孤独感のような絶望感のような、無機質で硬い金属で体中を圧迫されるような感覚に襲われることが増えていました。色々疲れていたんだと思います。

同級生は、海に行ったり、彼女を作って映画を一緒に見に行ったりしている頃、自分は絶望感・孤独感に苛まれ、惨めな生活を送っていました。

ある日、その感覚に耐えられなくなり、呼吸がだんだん速くなり、手足が痺れ、過呼吸のような状態となりました。もう限界でした。

 逃避からの逃避…。そう…結局実家に戻りました。

#−4.カモ、実家に帰るってよ に続く

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