#−2.青春?なにそれ美味しいの??

かもねぎ先生幼少期

【小学校時代】

 小学校では、『自由改造クラブ』という謎のクラブ(部活動)に所属。

 プラモデルを改造したりして過ごしましたが、

 今思うと本当に改造しないといけないのは運動神経と学力でした。

 顧問の先生は、『教育で生徒の脳を改造する』みたいなことを言っていました。

 今思うと、完全に改造されてる側の人でした。

また、小学校の授業参観で、母親がミニスカートでハイヒールという、お水100%の格好で来てしまい、先生、同級生、その親達がざわつく事態となりました。その後、同級生男子から、

 『お前のお母さん、良い匂いがした』『カモん家のおかん、なんかエロくね!?』

と言われるなど、思春期前の純粋な男の子に対して、第二次性徴を強制的に目覚めさせる『洗礼』を行ってしまいました。その頃から、自分の周囲から知的な学友が離れ、適切でない友人関係が築かれました。

【中学校時代】

 自分が住んでいた地域は非常に荒れており、知的な同級生やまともな人達はみんな私立の中学校に進学しました。もちろん、かもねぎ先生は そのまま荒れてる地元の公立高校に進学。

友人と仲良くなればなるほど、自分もどんどん不良になっていきました。湘南純愛組やカメレオン、特攻の拓を読んで成長したため、勉強はしませんでした。

 『今が楽しければそれでいい』という思考は、この頃に育まれました。

 今も、当時のことを思い出すことがありますが、やっぱり自分の人生はこの頃に

 不運(ハードラック)と踊(ダンス)っちまったんだと思います。

こんな状態だったので、高校受験は全く考えておらず、ほぼ絶望的な成績でした。

 ただ、自分の育った地域では中学校での成績が悪いと、地元の超ヤンキー高校(男子校)、例えると鈴蘭高校みたいな所に収容されることになっており、その高校に入ると坊主にされ、3年間、男だらけの中で過ごさなければいけませんでした。

 『そんなの絶対ムリっ!!』

 私は男女共学の高校に通いたい 一心で、女子高生と一緒に青春時代を過ごしたい一心で、中学3年生になってから猛勉強をしました。

 勉強の甲斐があり、地元の共学公立高校(偏差値48くらい?)の共学に受かりました。

女子高生好きはどうやらこの頃からだったようです。 

 

【高校時代】

 高校時代は勉強もせず、部活に所属せず、

 ひたすら 女子高生を眺めて インターネットをしてダラダラ過ごす。

 『青春?なにそれ美味しいの?』

 タイムマシンがあったら、この時の自分を鈍器のようなものでゴンってやりたry

 

 そして、『今が楽しければそれでいいんだYO!』という短絡的な思想のもと、

 青春を無駄に浪費し、勉強も全くしませんでした。

 その結果、当然ですが大学は受験出来ず。センター試験も受けず(ばっくれ)。

 しかし、同級生の親友が、フリーターになったり、土建屋やホストクラブに就職したこともあり、全く何の危機感無く卒業してしまいました。

#-3.カモのフリーター生活に続く。

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