#−1.かもねぎ先生の出生

グレてた両親

かもねぎ先生は、名家の生まれで、先祖代々貴族の家系でした。

広大な土地を持つ地主で、地域の住民からは尊敬のまなざしで見られ・・・・・。

と書きたいところですが、実際はほぼ真逆方向のベクトルでした。

父親の最終学歴は高校中退母親は中学卒業という逆サラブレッドの家庭に生まれる。

母『え?私中学校卒業した覚えがないけど…。』

父親は、

何人たりとも俺の前は走らせねぇ!』をモットーに生きる1970年代の走り屋で、

レディであるべき母親は、レディースでした。

白い特攻服着てました。

コンビニで見かけた、チャンプロードにカラーで載っている人種でした。

もちろん、そんな世にも稀な低学歴同士が結婚しちゃったので、

家は貧乏で、いつもお金が原因で夫婦喧嘩してました。

父親はいつも母親に殴られ、打撲痕が出来ていました。

ある時は、結婚指輪の(安い)石の部分でメリケンサックのように殴られ、

眼瞼に裂創が出来ていたこともあります。

私のランドセルは父親の返り血でブラッディ・ランドセルになりました。

病院で縫ってもらった際、父親は『階段から落ちた』と言ったそうです。

ちなみに我が家は、ボロ一軒家だったので階段はありませんでした

『教育?我が家は放置主義、自由放任スタイルだ!!』

と豪語するようなダメな両親でした。

どうみてもDQNです、本当にありがとうございました。

ただ1つだけ、両親から言われたことで、今でもはっきりと覚えていることがあります。

『勝負するからには勝て。勝つまで挑め。』

私が小学校3年生の時に、

『もうお前に勉強教えることが出来ないわー』と言っていた両親ですが、

この言葉は、今でも心に突き刺さっています。

#−2.青春?なにそれ美味しいの?? に続く

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