昔は、受験した大学に行き掲示板の前で一喜一憂していたかもしれない。
でも時代はインターネット全盛期、ホームページで確認することが出来るようになっていた。午前10時に合格者の受験番号が発表になる。
合格発表10分前。
ゲーリー先生、チューター、カモの3人で面談室を借り、チューターの持ち込んだノートパソコンで大学のホームページを開く。合格者発表のバナーの上にカーソルを置き、合格発表の時間を待った。
ゲーリー『すっごい緊張するな…』
チュータ『毎年受験生見てますけど、間違いなくここ数年で一番緊張してますよ…』
カモ 『10時になったらクリック…10時になったらクリック…』
画面を見つめたまま、ぶつぶつとつぶやく。
ゲーリー『緊張しすぎだろwwwww』
そんな様子で、いつもの3人で賑やかに10時を待った。
午前10時。カモの運命が(良い方向にも悪い方向にも)動く時間。
チュータ『いよいよですね…』
ゲーリー『うわ…すっごい緊張するわ…』
カモ 『大丈夫っ!!絶対受かってるっ!!』
チューター『大丈夫ですよ!!ダメでも後期がありますっ!!』
カモ・ゲーリー『おい…』
絶対に受かっている…自分に言い聞かせるように、何度も呪文のように唱えた。
呪文を唱え終わった瞬間に、不安という闇に精神が飲み込まれそうだった。
『もし』という言葉が呪いのように頭から離れない。
時計の秒針が、あと1周したら10時…。
刻々と時間が迫ってくる。
大きく深呼吸をした。
そしていよいよ時計の秒針が1周し、10時になった。
クリックしようとしたけど、手が震えて動かない。
2年間の受験生活…、泣いたり笑ったり、怒ったりヤケになったり…。
本も投げた(たくさん)。変なテンションで化学式を叫んだり、大声を上げながら部屋のいたる所にハサミを突き刺したりした。眠いときにはシャーペンや定規で手を引っ掻いたりした。
チューターにドヤ顔で模試の成績を自慢したら、意外に褒められてうれし泣きしてしまった。ゲーリー先生ともケンカした。仲直りして食べた屋台のラーメン美味しかった。倒れて入院もした。入院中に某男性講師に抱きしめられた(意味深。
2年間のいろんな思い出が自分の中で生きている、鼓動している。
同級生に馬鹿にされて、見返そうとして始めた医学部受験、不純な動機。
泣いて、笑って、一生懸命受験に没頭した。医学を志すエリートではないけど、ほんの少しだけ、医学部受験生になれたかな…。
ゲーリー『おい、カモっ!!早くクリックしろよっ!!』
チュータ『時間来ましたよっ!!クリックですっ!!』
本当、この2人は全く感傷に浸らせてくれないwwww
いざ、マウスをクリックしようとすると手が震えた。
ここまで来たという満足感のような感情と、とてつもない緊張と…
そして2年間、濃密でゆっくりと動いていた時間が急速に動き出すような恐怖と…。
ゲーリー『いいから早く押せwwww』
ポチッ!!
カモ 『っ!!! Σ(゚◇゚;) 』
ゲーリーがカモの指の上から無理矢理クリックした。
カモが驚いた表情をすると同時に、数字の羅列が画面いっぱいに広がる。
カモ『自分の番号、自分の番号…』
自分の番号を探す。
番号は昇順で並んでいたけど、間・間で消えている番号が多いことに気づいた。
視野の焦点が自分の受験番号に近づく。
『おいっ!!カモっ!!あるぞっ!!!!受かってるぞっ!!』
自分の受験番号を見つける前に、横からゲーリーが叫んだ。
カモ 『えっ…』
チューターも眼鏡をクイッと上げて番号を確認する。
チューター『確かに…ありますね!!』
ゲーリー『よっしゃああああああああああ!!!』
面談室内に、いや予備校全体に響く程の雄叫びだった。
カモ 『あっ…あっ…』
自分は声が出なかった。
声が出ない代わりに、大粒の涙が出てきた。
パソコンの前で固まって動けない。
ゲーリー『おい、カモ!!やったな!!医学部通ったぞっ!!』
チュータ『本当に通ると思いませんでしたっ!!』
おいっwwwww
チューター…絶対大丈夫とか言ってただろ…
そんなツッコミも出来ないくらい、泣いてしまった。
あまりにも(主にゲーリーが)大声で騒ぎすぎたせいか、事務室にいた室長まで面談室に来て合格を喜んでくれた。
カモ自信も自分の目で合格者の番号を確認した。
番号が…ある!!自分の番号が!!
本当に、自分の番号があった。合格者一覧に、自分の番号が…。
何度も何度も自分の目で確認した。夢じゃないかと思った。
定規でえぐりすぎた左手の傷痕を触り、肌の感触を確かめる…、夢じゃないっ!!
ゲーリー『よしっ!!とりあえず親に連絡しろっ!!』
ゲーリーがカモの背中をバンバン叩きながら言った。
カモ 『はいっ!!』
急いで携帯電話で親に連絡した。
母『どうしたの?』
カモ『医大に…医大に行くことになった!!』
母『えっ!?どっか悪いの??』
違う、そうじゃないwwwwww
自分の言い方が悪かったことに気づいた。
そして母親の頭も(学歴的な意味で)かなり悪かったことに気づいた。
カモ『医大に…医学部合格したんだよっ!!』
母親はびっくりすると思ったけど、意外に冷静だった。
母『そっか、頑張ったね^^』
すごくシンプルな母の答え。
多分、よく事情を理解していない。
カモ『それで…時間はかかるけど…真面目に大学生して…そしてちゃんと働くからっ!!』
母 『当たり前でしょwwwしっかり勉強して世の中のために働きなさいwww』
母親は電話口で笑いながら言った。
カモ『ありがとう…』
1度落ちた医学部受験、
父親は自分の予備校代のために、愛車のバイクを売った。
母親は生活を切り詰めてくれた。生活保護受給しようとしてたけど
この合格は両親の応援がなければ絶対に出来なかった。
ありがとう。
泣きながら感謝の言葉を言って電話を切った。
泣きすぎて嗚咽で言葉が出ないので、これ以上の会話は続けることが出来なかった。
携帯電話を握る手から力が抜ける。
2年半の非日常的な生活が、自分を形作っていたのか、その生活が終わりを告げようとした瞬間に自分の身体が自分の物じゃないような感覚に襲われた。
ゲーリー『電話は終わったか!?』
脱力感に浸っていたら、ゲーリーが声をかけてくれた。
カモ 『はい、喜んでくれてました。我が家は学歴ない一家なので半分くらい理解出来ていない可能性ありますがww』
ゲーリー『まじかwwwwまぁ喜んでくれてたらOKwww』
カモ 『はいっ!!』
ゲーリー先生と目が合う。
ゲーリー『本当、お前はよく頑張ったよ…』
カモ 『ありがとうございます、ゲーリー先生がいなかったら合格出来てないと思います』
ゲーリー『お前は、俺が見た受験生の中で一番ひどい成績だったからな…』
カモ 『そんなに…ですか??』
ゲーリーは真面目な顔をして言った。
ゲーリー『あぁ…正直途中で投げ出して来なくなると思ってたし…』
カモ 『そんな気持ちになることは、何度もありましたよwww』
ゲーリー『でもお前はその度に立ち上がったなwいい年して泣いてたけどもwwww』
カモ 『その記憶は消去してください!!』
今思えば、何度もゲーリーの前で泣いてしまった。チューターの前でも泣いてたけど…。
模試の途中で心が折れてしまった時。
自信があったのに悪い点数だった時。
何度教えてもらってもわからない時。
やってもやっても点数が上がらない時。
ゲーリー『消去できねぇよ…』
ゲーリーも笑ってはいたけど、眼鏡越しに涙を浮かべていた。
ゲーリー『今となっては、懐かしいか?』
カモ 『いえ、まるで昨日のことのようですよ』
ゲーリー『そうだな…俺もだ』
ゲーリーは笑いながら言った。
それに釣られてカモも笑った。
ゲーリー『楽しい2年間だった!!!』
ゲーリーは右手を前に出して、カモをみつめて言った。
カモは差し出された右手を強く握った。
カモ 『自分も…自分も楽しい2年間でしたっ!!!』
今までのありがとうを込めて、力いっぱいにお礼を言った。
ゲーリー『そう言えば、まだお礼を言わなきゃいけない人がいるなww』
カモ 『そうですね、行ってきます!!』
そう言って、講師室に向かった。
すでに講師室には人がたくさんいた。自分と同じように、合格を伝えに来た学生達。
講師室には、ほとんど全員の先生が来ていた。
ヤクザみたいな数学の先生。『お前は馬鹿なんだからガリガリ計算しろ、手を動かせ!!答えが出れば一緒なんだよwww』ってよく言われたっけ…。先生、確率の計算、96通り全部手動で書き出して正解した時はすごく褒めてくれたの、すごく嬉しかった。でも、受験ではちゃんと数式で解いたよwww
冷静沈着、鋭い針のような指摘を繰り出す国語の先生。妄想気味な自分に、いつも周りから固めて行くスタイルで、常に現実を直面化してくれた。辛い時こそ、冷静に、曇り無き眼で現実をじっと見つめる大切さを教えてくれた。
脱力系の生物の先生。辛い時にはよく癒やしてくれた。『光合成して生きていけたらいいのに…』と言った自分に、『光合成って楽しているようですごい仕組みだからっ!!』って言いながら、化学式出してきて1時間以上光合成の解説をしてくれたの、楽しかった。
熱血真面目の化学の先生。『周期表って覚えないといけませんか?』って聞いた時に、『大丈夫!!トラウマになるから(笑顔』って優しく言ってくれるサイコパス教育だった。言われた通り、周期表はトラウマになったので覚えなくて良かった\(^o^)/
熱くなると突然方言でしゃべり出す地理の先生。日本の県名さえ覚えていないカモに、『センター試験に茨城と栃木の違いなんて聞かれないから大丈夫wwww』って言ってくれた。今思うと茨城県民と栃木県民にごめんなさいしないといけないよね…。
そして、アニオタなのを隠していたつもりかもしれないが、周囲には全部バレていたチューター。夏休みにコミケに行ってるのみんな知ってるよ…いつも優しい言葉をかけてくれて励ましてくれたけど、ほとんどがアニメのセリフだったよね…
初めての医学部受験で落ちた時に、カモに言った言葉、
ワンピースのパクリだったけど、さすがにシャンクスは無理があるよっ!!
チューターは、むしろこっちだよっ!!
でも、自分もアニオタだからすごく楽しかった。
いろんな人に支えられてきた2年間。
講師室に向かうと、講師の先生が一斉にカモの方を見た。
受験生と話をしていた、反社みたいな数学の先生が、カモの方を見て、目が合ってしまった。
数学講師『カモ、合格おめでとう!!』
そう言って雑に手を叩いてくれた。
それに反応するように、医学部コースの講師の先生も拍手をしてくれた。そしてなぜかその部屋にいた受験生達も拍手をしてくれていた。次の瞬間、教室中に拍手の音が溢れ、みんながこっちを見てきた。
生まれてから一度も拍手されたことがなかったカモは、どうしたら良いのかわからなかった。ただひたすら恥ずかしかった。こんなとき、どんな顔をしたらいいんだろう…。『笑えばいいと思うよ』自分の中の綾波レイがつぶやく。
カモ『ありがとうございましたっ!!』
とりあえず深々と頭を下げた。
そうして御世話になった先生方1人1人にお礼を言った。
泣いてくれる先生もいた。
この2年半支えてくれた人達にこんなに喜んでもらえて、本当に嬉しかった。
合格という言葉がなんだか空虚に感じていたが、先生と話し予備校を出る頃には現実感を帯びていた。
先生1人1人に挨拶をして、講師室から出る時に、ゲーリー先生に呼び止められた。
ゲーリー『入学手続き、ちゃんとしろよ…』
カモ 『ゲーリー先生、2年間…くそ御世話になりましたっ!!』
チューター『まさかのワンピースwwwww』
ゲーリー『まぁ、とりあえず後期の受験生もいる。邪魔しないように、お前はしばらくはゆっくり休めwww』
そう言って、カモを見送ってくれた。
予備校を出ると、いつもよりまして太陽がまぶしかった。
合格すると、世界が変わると言われてきた。
合格しないと見えない景色があると言われてきた。
そうは言われたけど…
何も変わらない、何も変わらない世界。
ただ、何か…熱い何かが自分の中にいるのを感じた。
そして、ふっと思い出した。
薬学部に行ったあの友人のことを…。
ちょうど2年半前に、フリーターしていた自分を馬鹿にされてから始まったこの受験。
受験当初はずっと憎んで、その憎しみをパワーに変えていたけど、
気がつくと、その友人のことは全く気にしてなかった。
正直、途中からは完全に忘れていた。1点でも高い点数を取ること、少しでも偏差値を上げることばかり考えていた。ゲーリー先生や他の先生、そしてチューターに褒められたいと思ってずっと頑張っていた。
予備校に通い出した頃、もし医学部に通ったら、その元友人に電話して、『医学部に通ったぞ!!俺は惨めな負け犬なんかじゃない!!』って叫んでやろうと思っていた。
今となっては、もう どうでもよかった。
むしろ、感謝の気持ちかもしれない。彼のおかげで、何かに必死で打ち込むことの楽しさ(めちゃくちゃ辛かったけど)や、学ぶことの面白さを知ることが出来た。彼のおかげで、どこか空虚だった自分の人生に変化が起きた。
彼のおかげで、カモはずっとずっと、濃い2年間を送ることが出来た。
だから…彼には、ありがとうと伝えたい…
ありがとう…
とでも言うと思ったかっ!!!!
ばーかばーか!!
絶対に見返してやるからなっ!!!!!!
俺はこの時を待ってたんだよっ!!!!!!!
あの時はよくも言ってくれたなああああああああああ!!
カモは携帯電話から友人の電話番号を探し、すぐに通話ボタンを押した。
第一声は、決めている。
『医学部に行くことになった!!』
そして、これを言う。
言ってみたいセリフ ランキング上位のこのセリフをリアルで使う時がきたっ!!
さぁ、友人A、電話に出ろっ!!
カモは友人Aに復讐するこの瞬間を2年間ずっと待ち望んでいた。
『おかけになった電話番号は現在使われておりません…』
カモ『ちょっと待てwwwwwwwww』
ええぇええええぇぇぇぇぇぇっぇええええ!!!
なにこのオチ!!!!
なんなんっ!?何で電話番号変わってるんっ!?
何度かけ直しても、やっぱりつながらない。
電話番号変わったって、教えてもらってないYO!!
もう、笑うしかなかった。
笑いすぎて息が苦しくなってむせた。唾液を思いっきり誤嚥した。
一通りむせて、咳き込んで…
ふっと空を見ると、うっすらとした白い雲が遙か高い所に浮かんでいるのが見えた。
『あははっwwww』
何か急に、馬鹿馬鹿しいような不思議な感情がこみあげてきた。家の近くの堤防に登り、寝転びながら流れる雲を見てた。
昔日の齷齪 誇るに足らず
今朝の放蕩思い涯て無し
春風に意を得て馬蹄は疾し
一日に看尽くす長安の花
受験勉強をしていて出会った孟郊先生の漢詩。
空を眺めながら、その詩を頭の中で詠みながら、これから始まる第二の人生を考えていた。
この6年後、カモはかもねぎ先生として、医師として働くこととなる。
そして何故か突然、不動産投資の世界に足を踏み入れてしまうのだが、
それはまた別のお話…っていうかそれがメインだよっwwwww
そんな感じで、カモの医学部受験は終わりました。
今思っても、長くて短い2年ちょっとでした。
【受験編の最後に】
長々と書きすぎて、受験編だけで29話になってなってしまいました(白目
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
色々思い出して、辛くなったり、懐かしくなったり、ごちゃ混ぜの感情で書き上げました。
書くのに疲れた時、辛くなった時、twitterやコメントで感想を頂き、とても嬉しかったです。
今後とも『かもねぎっ!!』を宜しくお願い致します。
そうそう…
元クラスメイトの女の子はどうなったか…
それはまた、かもねぎ先生(医大生活編)で書きます。
そう、必ず書きます。ただ…
コメント
ほんとにおめでとうございます!
昔のことだけども、
筋肉が溶けてきたあたり泣けましたよ…
ガッキーさんも頑張りを認めて惚れぬいてほしいです、じわじわ気持ちも深まってってほしい気持ち。
いつもありがとうございますっ!!
あんまり受験の時のことは言ってないので、多分ガッキーは知りませんwww
ガッキーに捨てられないよう、しっかり働きますので、今後ともぜひぜひ読んで頂けたら嬉しいです(*´ω`*)
余りに面白くて一気読みしてもうた。読みながら、涙が。
先生に幸あれ!
コッペパン様
読んでいただき、ありがとうございますっ!!
そう言っていただけると本当嬉しいです。これからもぜひ遊びにきてくださいm(_ _ )m