2次試験の勉強も、普段と同じように進んでいた。
2次試験対策の勉強は、センター試験対策とほとんど変わらない。
『マーク試験』から『記述試験』になるだけだった。受験勉強を始めたばっかりの頃は、マーク試験と記述試験で、勉強の仕方が違うとずっと思っていた。マーク試験の方が簡単で楽ちんだというイメージがあった。
だけど勉強をするに連れて、マーク試験も記述試験も同じだということに気づいた。センター試験も二次の記述試験も、結局描きまくって解かなければいけないということは一緒だった。違うのは、答えを書く時にマークシートを塗るか塗らないか、そして勉強内容(出題範囲)だけだった。数学だとセンター試験のⅠA・ⅡBに加えて、Ⅲ・Cが出題される。化学や生物もⅠに加えてⅡが出題される。そういう違いだけだった。今思うと、『マークシートをぐるぐる塗らなくて良いだけ、記述模試の方が楽ちん♪』こういう思考になった頃に、偏差値が65を超えていた。
センター試験が終わってからは、直前講習と過去問に取り組んでいた。
そこには、センター試験で破れた人間の居場所はない。この1年間、休み時間に一緒に話した戦友の姿がなかった。みんな、わかっていた…。センター試験で失敗したら、その時点で医学部受験が終わることを。ここはそういう場所…。そこに1年前の自分の姿を重ねて胸が苦しくなった。
残った戦友達だけで直前講習会は進んだ。なぜかあまり関わりがなかったクラスメイトとも話をするようになった。お昼ご飯を食べながら、将来はどんなお医者さんになりたいとか、どんなことをしたいとか、そういう話をした。自分よりも若くて、しっかりとしたビジョンを持ったクラスメイトが、昔の友人を見返すため、復讐するためだけに医学部を目指す自分よりも、ずっと眩しかった。
カモ『その意志をしまってくれんか、わしには強すぎる…』
天空の城ラピュタで出てくるポムじいさんの気持ちが良く分かった。
直前講習が終わると、すぐに予備校の自習室に引きこもり、ひたすら過去問に取りかかった。
過去問をゲーリー先生に教えてもらってアレンジを加えた勉強方法、バトルロワイヤル勉強法を使って解きまくった。後にカモはこの勉強法を、医師国家試験の時も使って無事合格した。でも宅建の試験には落ちた
バトルロワイヤル勉強法、やり方は超簡単。
問題集をやる時に、100%解けた問題は蛍光ペンで大きく×を付けて、その問題集から抹消する。この100%は、まさしく100%という意味で、解説を読んでもわからないことが全くない、完全にこの問題を理解しているレベルだ。
そうやって×にした問題はもう一生見ない。問題集から完全に削除する。正解しなかった問題、正解しても100%の自信がなかった問題は、しっかり解説を読み込み理解する。そして解説を読んだあと、手を動かしてすぐにもう1回解く。それで解けたら、次の問題に進む。
そして、まずは問題集を1周する。2周目は、×印の付いていない問題だけをひたすらこなす。そして100%解けるようになっていたら、また×を付けて問題集から消す。問題集から全部の問題が削除されるまで、ひたすらそれを繰り返す。だいたい、5周目くらいになると、ほとんどの問題が消えていた。1周するのにも、ほとんど時間がかからなくなっていた。
ちょうど第一志望の赤本とバトルロワイヤルしていた時に、チューターから連絡が来て、『センター試験の自己採点集計データが出たとので来てください』と面談室に呼ばれた。面談室に行くと、チューターとゲーリー先生が待っていた。二人ともちょっと複雑そうな顔をしていた。その理由はすぐにわかった。なぜかチューターの中で一番えらい人(チューターの上司)も同席していた。
センター試験自己採点集計データ、このデータの結果で、今年のセンター試験の難易度がわかる。そして何より、2次試験に向けて、自分の立ち位置がわかる。カモの第一志望にしているA大学は、地方の医学部、いわゆる駅弁医と呼ばれる大学だった。カモの地元ではない、このA大学を選んだ理由は3つ。
1.国公立大学の中でも偏差値(難易度)が低い
医学部は、都会になるほど必要偏差値が高くなります。カモの目標は、単純に『医学部合格』だったので、医学部に入るためならどんな僻地でもバッチコーイ!!
2.調査書が点数として評価されない
調査書(いわゆる内申書みたいなもの)が合否に大きく影響しない。カモの高校時代の成績は壊滅していたので、ほとんどの科目が5段階で1(最低評価)だった。そしてサボったり遅刻も多かったので調査書が考慮される大学は絶対に無理だった。
3.センター試験の点数配分が大きい
国公立の医学部は、センター試験+2次試験+面接の3点セットが基本でした。2次試験は記述試験で、難易度が高い大学ほど、2次試験の成績が重視されます。例えば、東大であれば、2次試験の配点が70%くらいを占めるので、ほとんど2次試験で決まります。逆を言えば、比較的難易度の低い田舎の医大であれば、センター試験の配点が大きく、センター試験が半分以上を占める大学が多いということだった。
サイレンススズカのように、前半のセンター試験でリードして逃げろ!!
サイレンススズカは無理でも、せめてメジロパーマーのごとく!!
センター試験で大きく先を行く、誰よりも高得点で一歩でも先へ…
それが、ちょうど2年前にカモとゲーリー先生が立てた作戦だった。
その作戦で、2年前より決まっていた、A大学。
念のため、第三志望まで設定はしていたけど、2年間全く眼中になかった。
第二希望はB大学、A大学と同じ、僻地の医大だった。センター試験配分はA大学に比べてやや低かった。2次試験のレベルは特に差はなかった。たまたま第四希望まで書く欄があったから書いていたというだけだった。
第三希望のC大学は、カモの地元の大学だった。調査書は『参考程度』となっていて、A大学よりも、偏差値が5ほど高かった。僻地ではなく、地方都市だったため、医学部受験生の間で人気もあった。これも、『ただ地元の大学だから』という理由で書いていただけだった。センター逃げ切り作戦は無理な大学だったので、この大学についても普段は全く気にすることはなかった。
面談室に入ると、チューターが一枚の紙を目の前に置いた。
センター試験の自己採点集計結果が書かれた用紙。すぐに志望大学が書かれた場所を探した。
A大学:A判定(B判定寄り)
B大学:B判定(A判定寄り)
C大学:B判定(C判定寄り)
カモ『っ!!!!!』
結果は、ギリギリのA判定だった。
結果を知っていたのか、ゲーリー先生はこちらを見て穏やかな顔をしていた。
よしっ!!まずは2馬身くらい抜きんでたはずっ!!
このまま突っ走ることが出来れば…
このまま突っ走れば、本当に受かってしまうんじゃないかと思った。
ここまで来たら、もう自分を、そしてゲーリー先生を信じるしかない、そう思った。
ふとチューターの方を見ると、チューターは、笑ってくれてはいたけども、何か言いたそうな顔をしていた。
どうしたんだろう??いつもならゲーリー先生と一緒に励ましてくれそうなのに…
そう思った瞬間、上司のチューターが口を開いた。
上司『カモ君…この結果を踏まえてね…医進コースで会議があったんだけど…』
ゲーリー先生は、膝を組み目を閉じていた。英作文の添削問題を持っていって、添削されてその場で直しをしている時に、よくゲーリーはこういった表情をした。
上司『C大学を受けてみる気はないですか?』
突然の申し出だった。予備校としては、地元であるC大学を受けて欲しい。このセンター試験の得点ならば、今のカモの勢いならば、C大学で勝負出来る、そういう結論になったとのことだった。予備校としても、地元であるC大学医学部合格の実績が一つでも多く欲しいとのことだった。
C大学はC判定寄りのB判定だった。C判定というのは、50%の合格率。そしてB判定は70%以上の合格率と言われていた。ただし、どれだけ確率が良くても、A大学に比べて、2次試験(記述試験)の成績が強く影響する。特にC大学になると、2次試験の配点が50%以上を占めてくるので、センター試験のリードがそれほど活かせなくなる。そしてもちろん、2次試験の問題のレベルも高い…。
上司『万が一、万が一2次試験がダメだった場合も、A大学の後期試験があります。後期試験は、センター試験の配分が大きいので、きっと大丈夫だと思います』
確かに、えらい人(チューターの上司)の言っていることは正しいのかもしれない。
万が一、2次試験で失敗しても後期試験がある。でも…C大学の前期で堂々と勝負出来る学力が自分にあるのか…甚だ疑問だった。
上司『カモ君の記述の成績も知っています。きっと、カモ君なら2次試験も戦えると思います。自分を信じて見ても良いんじゃないですか??』
カモ『自分を信じる…!?』
上司『そう…自分を信じる』
自分を…信じる…??
自分が信じられたら、去年受かってるわっ!!!!
無理無理無理無理、カタツ無理っ!!
そう言った瞬間、ゲーリー先生とチューターが吹き出して笑った。
ゲーリー『だよなっ!!!!!』
チューター『想像通りの反応ですwwww』
チューターの上司は『えっ…えっ…』っていう顔をしていた。
ゲーリー『カモっ!!お前は医学部で教授になりたいのか??』
カモ 『興味ありませんっ!!』
ゲーリー『えらい医者になりたいか?』
カモ 『わかりませんっ!!』
ゲーリー『何が欲しい??』
カモ 『合格…医学部の合格が欲しいですっ!!』
ゲーリー『じゃあ、A大学を受けろ!!俺が100%の合格を保証してやる』
カモ 『イエッサーっ!!』
そのやりとりを見て、チューターの上司は呆然としていた。
チューターは、『やれやれ…』と言いながら、でもすごくニヤニヤして嬉しそうに書類を準備していた。
チューター『じゃあ、カモ君は前期も後期もA大学ですね』
カモ 『Sir!!Yes, Sir!!』
上司のチューターは、『こいつらやばい』と思ったかもしれない。言葉がほとんど通じない、ほとんどチンパンジーの群れに遭遇したような顔をしていた。2年間全速力で走ってきたこの3人は(特にカモとゲーリー先生は)本当にやばい、頭のネジが完全に飛んでいる。覚えられない公式は、大声を出しながら書き、それでもダメなら強い刺激を与えながら目に焼き付けた。眠くて定規で太ももをえぐったこともあった。今でも特定の公式を思い出す時は、痛みと一緒に思い出す。トイレに行くのも面倒になってぺt(自粛)。ゲーリー先生は、徹夜してまで自分の答案にペンを入れてくれた。一緒に泣いてくれた。一緒に喜んでくれた。タバコの量も増えていた。そうやって、ボロボロになりながら、全力で2年弱走ってきたんだ、当然常軌を逸している。そんな二人に常識的な考えや一般論を求める方が無謀だった。
チューターの上司は、一瞬少しだけ残念な表情をしたけど、カモを見て言った。
上司『最初来た時、初めてここに来た時とずいぶん変わったな…』
カモ『えぇ…今だともう、中学生コースからって言われませんよ』
上司『確かに…まさか本当にここまで這い上がってくると思いませんでした』
カモ(ざまぁあああああああ!!)
よくわからないけど、そう思った。無駄に気持ちが高ぶっていたのかもしれない。
上司『合格した後…カモ君が合格したら…ちゃんと謝らないといけないね』
そう言って、カチっとしたスーツを着たチューターの上司は部屋を後にした。
カモは目の前に置かれたA大学の受験願書に取りかかった。
チュータ『ゲーリー先生、本当にこれで良いんですかね…』
ゲーリー『これで良いんだよwwwカモもああ言っているんだしwww』
チューターは、C大学のこと、ちょっともったいないって思ったのかもしれない。
そんなチューターに、ゲーリーは続けて言った。
ゲーリー『カモはな、完全に逃げ馬だ。そもそもあいつには、C大学の2次試験を戦うだけの経験も、学力もない(断言)。C大学のように、みんな横並びの一直線で、ガチの殴り合いになったら絶対に馬群に沈んでしまう』
チューター『記述模試の成績はまずまずですけども…』
ゲーリー『模試は所詮、模試だ。C大学のプレッシャーも、敵もそこにはいないからな…あいつは、C大学で馬群に沈むと、確実に死ぬ。まぁ…善戦はするかもしれないけど、俺は確実な合格をあいつに取らせたい』
チューターは反論することなく静かに聞いていた。
ゲーリー『逆に言えば…あいつはこの2年間で完璧な逃げ馬に育ってるwwww』
チュータ『ええ…』
ゲーリー『競馬はな、逃げて勝つのが一番強いんだ。先頭を走れば、誰ともぶつかる必要もないし、何より最短距離で走れるからな』
チュータ『そして、カモ君は我々の指示通り、センター試験で先頭のポジションを取ってきた…』
ゲーリー『そう。あいつはもうすでに2馬身くらい先のポジションを取っている。A大学なら周りは誰もいない、単騎逃げの状態だ。しかも2次試験も、出版されているA大学の赤本は全部解いている、良い感じに仕上がっている。完全に逃げ切りできる状態だ』
チュータ『合格…できますよね??』
ゲーリー『A大学なら、誰もあいつに勝てねーよ』
願書の記入が終わり、提出をチューターに丸投げし、勉強に戻った。
ただひたすら、いつも通りの勉強。前だけを見て走り続ける。
ただ違うのは、一歩、また一歩と『医学部』という世界が迫ってきたということだった。