予備校の入り口の厚いガラスの扉はいつもより軽かった気がした。
だけどその扉の向こうには、いつもと違う空気が凝固点間近の水銀のように重たく充満していた。
予備校には、すでに何人もの予備校生が来ていた。高校の制服を着た生徒の姿もちらほらと見かけた。チューターと楽しそうに話をしている予備校生もいれば、泣きながら友人やチューターに慰められている予備校生もいる。いつもロビーで繰り広げられる雑談や笑い声、その全てがセンター試験に塗りつぶされていた。数分後には自分はどちら側にいるのかという不安がこみあがってくる。
カモ『そういえば去年も、こんな空気だったな・・・』
1年前、センター試験で敗北した記憶が蘇った。この時、まだ自分は採点結果を知らなかった。ゲーリー先生やチューターに『絶対に自己採点をするな』と言われていたから、それを完全に信じ込み、点数は気にせず前だけ向くようにしていた。そんな魔法ももうすぐ解ける。『点数』という魔物と向き合う時間。
受付に向かうと、担当のチューターは、机に向かって何か作業をしていた。
じりじりと近づくカモの姿に気づいたチューターは、一瞬、びくっとした様子だったが、すぐに笑って、カモの方に歩いてきてくれた。
チューター『お疲れ様^^ゲーリー先生呼ぶから、ちょっと待っててね』
そういって電話に手を伸ばして、講師室に電話をかけ始めた。
ゲーリー先生がくるまでの間、チューターと何気ない会話をした。この時はすでに点数のことが気になって、頭がいっぱいになってチューターが何を話していたか全く覚えていない。
数分後、ゲーリー先生がズボンのポケットに手を入れながら、階段を下りてきた。一段一段降りるごとに見えてくるゲーリーの姿は、黒いホストのようなスーツに薄い色の入った眼鏡。相変わらず、吉本興業のチンピラ役の人みたいだった。
ゲーリー『おっす!!センター試験、お疲れさん!!』
カモ 『ありがとうございます』
チューター『部屋を取ってるので、あちらで話しましょう』
ゲーリー『よしっ!!行こう』
ゲーリーは勢いよく立ち上がった。
先に歩く二人の後ろをついて歩いた。ゲーリーの態度はいつもと変わらなかったが、後ろから見る足取りはいつもより軽く、微かにタバコの香りをまとっていた。
カモ(これは…センター試験の結果は…大丈夫だった…のか??)
面談室に入ってからも、心の中の不安は成長し続けた。
チューターが面談室の電気を付ける。
目の前に大きな机と椅子がある。今までも進路相談の時に何度もゲーリー先生とチューターで話をした席だった。
面談室のドアが閉まると先ほどまでの賑やかさはどこかに消え静かになった。身体全体が少し緊張しているのがわかった。
ゲーリー『ほいっ!!』
ゲーリー先生の軽い言葉と同時に、薄い冊子の塊が机の上にドサッと置かれた。
試験の後に渡したセンター試験の解答用紙だった。
昨日、一昨日と向き合っていたものが目の前に帰ってきた。
チューター『センター試験、本当にお疲れ様でした。早速ですが…』
チューターの言葉をさえぎるように、ゲーリー先生が続けた。
ゲーリー『心の準備はいいか?』
眼鏡越しに見えるゲーリー先生の目はまっすぐだった。
カモ 『もちろんですっ!!』
2年間、ベストを尽くした結果が、目の前にある。
自信とは違うが、心の準備はできていた。
ゲーリー『よし行こうっ!!まず英語っ!!』
チューター『えっ…1教科ずつ発表するんですかwww』
ゲーリー『そうだな、めんどくさいから一気に行こう!!』
カモ 『めんどくさいって何wwwww』
ゲーリー先生が持っている紙をゆっくりと一覧し、それを机の上に置いた。
採点結果が書かれた紙が、目の前に置かれた。
英語:250点
国語:200点
数学ⅠA:96点
数学ⅡB:100点
化学:92点
生物:92点
地理:96点
合計:926点(97.4%)
カモ『えっ…』
一瞬、呆然として自分を見失いかけた。
何が起きたかわからなかった。
ゲーリー『グッジョブっ!!』
ゲーリー先生がカモの手を強く握った。発音の良い『グッジョブ』だった。そういえば英語の講師だということを思い出した。
カモ『えっ…』
チューター『おめでとうございます、第一関門クリアですっ!!』
ゲーリー『おめでとうっ!!まじで医進クラスで一番かもなwwwww』
顔をあげて向かいに座っている二人を呆然と交互に見る。チューターもゲーリー先生も目を見開いてこっちを見ている。二人とも何かしゃべっているようだったけど、二人の会話が右から左へと抜けていく。
チューター『まだわかりませんけどね、恐らく上位なのは間違いないです』
カモ 『・・・・・。』
カモは目をパチパチさせることしか出来なかった。この時の自分は「目が点」という言葉を忠実に体現していたに違いない。
ゲーリー『どうした?嬉しくないのか?』
カモ 『いえ…ちょっと実感がわかなくて…』
そう言いながら採点結果が書かれた用紙に視線を戻した。
まるで夢の中にでもいるようだった。
去年の今頃、あんなに泣いて、部屋中の参考書、ノート、プリント全部ぐちゃぐちゃにばらまいて、破いて、そして失踪して…
まるで走馬燈のように、辛かった1年間が頭の中で過ぎった。
国語に…あの憎っくき国語に復讐出来た…!!
ははっ…はははははっ…はははははははっ!!!!!
国語の200点の文字を何度も見つめた。
長かった。完全に国語をやっつけることが出来た。当たり前だ。センター試験・共通一次の過去問、東大の記述、京大の記述問題までこなしたんだぞ…
達成感と同時に、これで国語とは一生お別れになるかもしれないと思うと、自分の中に漠然とした寂しさのような気持ちがあるのを感じた。
チューター『とりあえず…この点数を登録しておきますから、結果を待ちましょうか』
ゲーリー『志望校は…今まで通りで良いよな?』
カモ 『はい、お願いします』
チューター『じゃあいつものように、第三志望まで登録しておきますね』
当時、センター試験の結果を予備校で登録し、その後全国の受験生のセンター試験の点数と志望校の集計が行われ、7日〜10日後に自分の志望校の合格ラインがだいたいわかるというシステムだった。(ちょっと記憶が曖昧ですが
チューター『結果が出るまで、油断せずいつも通り勉強を開始してください』
ゲーリー『大丈夫だよな、ここまでは想定通り、いや想定以上だ!!計画通り、2次試験に向けてやっていこう』
ゲーリーの目はいつにもまして、鋭く、1ヶ月後の未来を確実に捉えていたようだった。
『カモの下克上大作戦』
それが2年前に名付けられたプロジェクト名だった(僕もゲーリー先生もずっと忘れてたけども)。生まれも、成績も底辺だった自分にとって、下克上と言う言葉の響きは何かとてもかっこよくて、居心地が良かった。
カモ 『宜しくお願いしますっ!!』
頭を下げながら膝の上で小さくけど力強く拳を握った。先ほどまでは心ここに在らずという気持ちがふわふわした感じだったが、ゲーリーの言葉に、その視線に身が引き締まった。
チューター『では、私も準備をしてからしっかりサポートしますね』
カモ『ありがとうございます(本当にありがてぇ、ありがてぇ』
その日から、2次試験に向けて特訓が始まった。
ゲーリーは明らかに張り切っていた。
ゲーリー『俺たちの受験はこれからだっ!!』
カモ 『ちょwwwそれ漫画の打ち切り最終回みたいなやつ…』
これからのカモ先生のご活躍(2次試験)にご期待くださいっ!!
次回、#-21. ドキドキ顔射願書提出 に続く
コメント
先生はインパクトファクターありますか?
コメントありがとうございます。
実は少しだけあります、一桁ですが\(^o^)/
研究…向いてなかったんですよね…(遠い目