#67. 種まき(意味深) 後編

いいね!!

地主様は、お世辞にもお洒落とは言えない、落ち着いた部屋着スタイルだった。

ほとんどパジャマ…多分みのりさんもそう思ったに違いない。

ただ、『思ったことを口に出すのは2流のすることだ』と、ガッキー不動産の社長からきつく教育されていたので何も言わなかった。

地主 『カモ先生、初めまして』

応接室にあるコレクションを盗もうとしていた人に向けられた笑顔にしては、とても穏やかな表情だった。顔に薄く刻まれた皺が厳格そうに、けど優しく見えた。

カモ 『はっ…初めましてっ!!カモネギと申しますっ!!』

地主 『みのりさんも、こんにちは』

みのり『はいっ!!御世話になります』

みのりさんは珍しくちょっと緊張した様子だった。

さっきまで陶器の置物盗もうとしてたけどな…

地主『せっかくなので、ちょっと歩きましょうか』

不意に地主様が提案した。

えっ…何のための応接室っ!?

ここでコーヒーとか飲みながら、高級な茶菓子を食べてゆっくりしようYO!!って図々しく思っていたカモ先生とみのりさんは突然の地主様の提案にびっくりした。

特に自分は『ご機嫌麗しゅうございます』的な挨拶だけして帰るつもりだったのに…

さっき通ったばかりの廊下を通って、玄関に出る。

靴を履き、低い視線のまま庭に出ると、改めてこの邸宅の庭の広さを痛感した。

まるで散歩コースのように、枯山水の中を流れるように道は続き、奥にある林のような場所へと石畳が敷かれていた。途中には、来るときに見かけた大きな池と、その池に注ぐ水路もあった。道の脇に生える植物も、濃い緑からだんだん淡い緑色に変わるグラデーションを表現し、ところどころ濃い茶色や赤色の葉が色鮮やかに映えていた。

地主様が歩き、その後ろをカモ先生とみのりさんがゆっくりと歩く。

どうみても、政治家とその秘書1号、2号みたいな光景だったと思う。

『今日は来てくれてありがとう』的な、些細な日常会話から始まって、地主様の趣味や、栽培している野菜のお話、乗っている車の話とかそんな会話だった。

どうして地主様はレクサスに乗っている人が多いのだろう(偏見

レクサスよりも、畑仕事とかで使っている軽トラに乗っている時間の方が多いっていう地主様の話は面白かった。『じゃあレクサスください』って言いそうになったけど、ぐっと抑えた自分を褒めたい。

ちょうど、鯉が優雅に泳いでいる池の前に来たとき、地主様が急に立ち止まった。

走馬灯のようにさっきの会話が頭をよぎる。

ちょっと嫌な予感がした。

この雰囲気、やばいと思った。

カモ 『あれ?これは本当に鯉の餌にされちゃうのかな?』

みのりさんにそっとつぶやいた。

みのり『カモ先生が絵を盗もうとするからっ!!』

カモ 『みのりさんだって、陶器の置物欲しがってたじゃないですかっ!?』

小声で話すカモ先生とみのりさんを見て、地主様が口を開いた。

地主 『カモ先生、XX先生って知ってる?』

突然、大学病院で研修医時代から御世話になっている内科の名前が出た。

カモ 『はい、研修医の頃から御世話になっている先生ですが…』

地主 『私はね、XXXXXXX病でね…彼が主治医なんだよ』

カモ 『えっ…』

突然のカミングアウトだった。

地主 『今も治療はしているんだけどね』

カモ 『そ…そうなんですか』

突然のカミングアウトに驚いて、みのりさんの方をちらっと見た。

みのりさんは地主様の方向を見つめたまま、反応がない。

びっくりし過ぎたのか、現実逃避中だった。

かくゆう自分も気の利いた一言も出てこない。

XXXXXXX病、医療を知らない人でも、その病名を聞いただけで、『重い』と感じる疾患だった。どんな言葉をかけても安易で空虚な言葉になりそうだった。

地主様への軽い挨拶をしにきたつもりだったけど、何コレ…っ!?

Twitterで地主様の生態について知り、ここにたどり着くまでに色んな想像をしたけど、この展開は想定外だった。

地主 『なんで、突然こういうことを言うのか、不思議に思ったでしょ?』

自分たちの反応が分かっていたのか、気まずい(と感じていた)雰囲気の中、地主様は優しく微笑んでいった。カモとみのりさんは、無言でうなずくしかなかった。

カモ先生とみのりさんは、すっごくコクコクうなずいてた。

地主 『この病気だから、ほらっ、もうずっと元気でって言うわけにはいかないでしょ。まぁ、来るべき時が来たっていうかね…正確に言うと、来つつあるって感じかな』

地主様は表情ひとつ変えずに語った。

地主 『妻も、最近は寝たきりで過ごす時間も増えてきてね…』

カモ 『そ…そうなんですか…』

時々視線を外しながら地主様の口から紡ぎだされる一言一言が衝撃で、話が突然重くなったので、カモ先生はこの重力に耐えられそうになかった。みのりさんは、その強い重力でスイングバイしてしまったのか、意識が鯉に向かっている。鯉の方を見つめて、何か鯉と交信し始めていた。

地主 『それでね…税理士さんとか、ガッキー不動産の社長にも色々相続とか、不動産のこととか色々御世話になっているんだけどね…』

この瞬間、カモネギレーダーがピコーンと反応した。

なんだろう、すごく嫌な予感がした。

体中の皮膚全てから、鳥肌が立つ気がした。

地主 『社長と話した結果ね、この家をカモ先生に買って欲しいなって…

ちょっと待ってっwwwww

何その結論っ!!結論っていうか暴論すぎるだろwwwwww

ここ笑う所で合ってる!?地主様、病気のことといい、家のことといい、こんにちはーって最初の挨拶と同じトーンで言うことじゃないよっwwwww

っていうか、何その第3者会談…

ガッキー不動産社長、地主、地主の税理士の集まりとか、

どうみても悪代官と越後屋の集会です、本当にありがとうござry

物件を買わされる本人がどこにもいないよっ!?\(^o^)/

そもそも、この家って、明らかに築50年以上経ってる気がしてますけども…

カモ 『えっ…なんでそういう結論に…??』

地主 『子ども達はずっと県外にいて、帰って来ないから相続してもここには住まないし。かといって、他の物件みたいに、誰かに貸せるわけでもないしね』

カモ 『じゃ…じゃあ売ればいいじゃないですか!!ばーんと更地にして売りましょうよっ!!ここなら更地にしたらサクっと売れますよっ!!』

急に地主様の顔から笑顔が消えた。

地主 『この家はね…生まれた時からずっとあって、私も家内もすごく思い出がある家なんですよ…』

カモ 『そ…そうなんですか…』

誰だよっ!!ばーんと更地にして売ってしまえとか言ったやつはっ!?

更地にしろとか言ってしまった30秒前の自分をぶん殴りたかった。

名案だと思ったアイデアが、一瞬で迷暗へ迷い込んだ。

みのりさんは、相変わらず鯉と交信していた。

完全に背景と化していた。

カモ(ダメだ…今のみのりさんは戦力にならない…)

地主 『出来れば、この家は壊して欲しくなくてね…。この家は、自分たちが歩んできた人生になっていて、出来れば…大切にして欲しいって思っててね…』

カモ 『そ…そうなんですか…』

地主様の突然の申し出?に、なんて答えたら良いか困った。

だけど、それ以上に困ったことが僕の横で起きていた。



えっ…

みのりさんが…泣いてる…!?

ちょwwwお前、さっきまで鯉と交信していただろwwwww

何故、突然号泣しているwwwww

今になって急に存在感を表したよwwww

地主も、泣いているみのりさんを見て驚いていた。

そりゃそうだ、さっきまで鯉と交信していた女性が急に泣き始めたら、誰だって正気を疑う。

地主『どうしました?何か気に障ることを言ってしまいましたか?』

この地主様、優しい。

みのり『いえ、私も昔住んでいた、思い出がつまった家を…失ってしまったことがあって…』

そうだった。みのりさんは実際に、家を失うことで過去の楽しい思い出を喪失していた。

家での思い出、家族との思い出、そしてみのりさん自身の思い出を。

地主 『それはつらかったでしょうね…』

沈黙が出来る。

池では鯉がパクパクしながら餌をねだっていた。

風が木を揺らす音がやたら大きく聞こえた。

カモ『今すぐここに飛び込めば、何とかなるかな??』

カモ先生の脳内は、今すぐここから逃げたいという感情で占められていた。

この池が別の世界線につながっているような気がした。

色んな意味で重たい人間が2名。

そして『借金の総額が重たい』カモが1匹。

みのり『すみません、大丈夫です』

大丈夫なわけない。

みのりさんは、過去の楽しかった家族の思い出を、そしてそれを失ってしまった現実を思い出してしまったんだと思った。

地主 『突然、変な申し出をして申し訳ない』

地主は初対面のカモに向かって、深々と頭を下げた。

地主 『ただ、社長からも、カモ先生ならこの家を大切にしてくれる、信頼出来る人間だと聞きました。もし私達がこの物件を手放さなくてはいけなくなった時、私はカモ先生に買って欲しいと思っています』

年上の、しかも自分より遙かに立場や人間性が上の人に頭を下げられるとカモ先生は弱い、自分でも自覚はあった。

みのり『カモ先生…』

いやいやいやいやっ!!

みのりさんまで、そんな目でこっちを見るんじゃない!!

ムリムリムリムリムリ、絶対無理だってwwww

この家買っても、築50年以上の物件に借家人を見つけるのはほぼ困難だし、しかも自分が住めって勢いだし…

カモ 『じゃあ…みのりさん、一緒に住みますか?』

突然、口走ってしまった。

みのり『えっ…えっ…くぁwせdrftgyふじこlp 』

みのりさんは顔を真っ赤にして、意味不明な単語を言っていた。

地主 『えっ…お二人はそういうご関係なんですか?』

カモ・みのり 『はい』『違いますっ!!』

地主 『えっ』

 

カモ 『えっ』

みのり『えっ』

複雑な空気が流れた。3人が同時に言葉を失い、まるで池の鯉のように大きな瞳でパクパクしていた。

地主様には、非常に申し訳ないが、この物件は買えない。

もちろん、地主様の気持ちはよくわかるし、出来ることであれば、力になりたい。

ただ、僕には問題があった。

問題1.与信がない。

問題2.みのりさんの実家を買い戻さなければいけない(プロポーズ作戦のために

問題3.この物件の利用方法が思いつかない(自分で住むには広すぎる

なので、非常に申し訳ないけども、断ろうと思った。

下手に期待させてしまって裏切ることはしたくない。

みのり 『あの…ちなみに…お値段って…いくらくらいするんですか…?』

突然、みのりさんが口を開き、直球を投げ込んだ。

動揺をみせなかっただけ褒めてほしい。

もちろん視線はみのりさんに向けたが、彼女の眼中にカモは入っていなかった。

みのりさんの目はすでにドルマークだ…。

ダメだってっ!!それ聞くと買う方向に流れが行っちゃうでしょっ!!

今すぐ、みのりさんを池の方向にプッシュしたかった。

地主 『税理士さんによると、ここの土地評価額は、約8500万円。銀行の評価額は6500万円だったかな』

カモ 『まぁ…それくらいしますよね。ここちょっと行けば大学病院近いですし』

ど素人のカモが聞いても、土地評価額8000万円は妥当な値段かなと思った。大学病院の近くなので、再開発される可能性もあるかなと思った。周辺地域は近々、市街化調整区域が見直されるという噂も出ていた場所だった。万が一、購入したら速攻で更地にする自信があった

地主『もしカモ先生が買って下さるならば、銀行の方が融資を納得されるまで値段を下げさせていただこうと思っています』

カモ 『えっ…』

それって銀行の評価額以下にしてもらえるってこと…!?

それだと与信の問題はクリアされる可能性が高いんじゃ…

そんな邪悪な考えが頭を過ぎった。

いやいやいやいやっ!!ダメだっ!!自分には、みのりさんの実家を買い戻す目標があるんだっ!!自分に言い聞かせるように、邪念を振り払った。

地主 『家財道具もそのままにさせていただこうと思っています』

カモ・みのり『えっ!?』

みのり『それは…美術品とかを含めてってことですか…??』

みのりさんは得意の剛速球を投げ込む。

こういうときは、無駄に心強い。

でも完全に目がドルマークだ。忍たま乱太郎のキリ丸みたいになっている。

地主 『あれは趣味で集めていたものとか、両親から引き継いだものとかなので、それほど価値のあるものはありませんよw』

カモ 『めっちゃ高そうでしたけども…物件と一緒にセットで売買しても大丈夫なんですか?』

地主 『その辺は、弁護士さんや税理士さんとも相談してみてください。どうせ子ども達もいらないって言いますし、その時は私はお任せしますから』

地主様は、にこっと笑った。

みのり『カモ先生っ!!これは…買った方が良い雰囲気ですよっ!!』

カモ 『おまっwww鷹の置物が欲しいだけだろwwww』

みのり『そ…そんなことなありませんよっ!!』

カモ 『じゃあ買ったら一緒に住んでくれるんですかっ!?』

みのり『えっ…そ…それは…その時に考えますよっ!!』

その時に考えるって何っ!?

一人であの豪邸に住んだら、間違いなく孤独死するって!!

300坪以上の豪邸に一人暮らしって、お前は幻海師範かよっwwwww

地主 『もし、近い将来、私達に時間が来た時には、検討してもらえると嬉しいです』

地主様がおもむろに放った『近い将来』という言葉に、胸がしめつけられるような重さを感じた。

カモは、『わかりました、自分はまだお金がないのでなるべく元気で長生きしてください』とお伝えして、この種まき会は終わった。もう、そう言うしかなかった。

地主    『カモ先生、今日は来てくれてありがとう』

カモ 『こちらこそ、大変勉強になりました。お会いできて嬉しかったです』

そう言って、地主様とお別れをした。

正直、お金があったら買ってあげたいという気持ちはあった。

ただ、地主でも何でもない自分が、将来あの家に住むという選択肢は想像出来なかった。

『クラリス、俺のポケットには大きすぎらぁ』というルパン的な感情。

そして何より、6500万円もの物件を買う余裕は今のカモには全くない。

地主様の家からの帰り道、助手席に座ったみのりさんは、窓の外を見ながらつぶやいた。

みのり『家ってなんなんでしょうかね…』

どうした突然っ!?

何か悪いものでの拾って食べたのっ!?

みのり『思い出があると言っても、家は家ですよね。そんなにこだわる必要はないんですよね』

 

みのりさんのその言葉は、ほとんど棒読みで…感情がこもっていない、まるで機械音声のようだった。

『それは…誰に向けて言ってるんですか?』

その一言を言いそうになった。

でも、言えなかった。

『家なんて所詮、木材とコンクリートで出来た、ただの構造物』、不動産投資を始める前はそう思っていた。でもそれは違った。不動産投資を始めて実際に取引をしてみてから気づいた。

客観的な評価額はあるけど、売主にとっては、思い出や愛着、そしていろんな感情が家という空間に詰まっている。だから安易に売ることは出来ないし、反対に言えば、売る時は、その気持ちに自分なりの整理が付いた時。もしくは、第三者によって無理矢理『気持ちの整理』を強いられた時…。

今まで、何度も不動産取引をしてきたけども、売買契約の時、売主が売買契約書にサインをする時、家とお別れをする瞬間…、その表情を誰一人として忘れていない。売主一人一人が、個々の表情を魅せる。思い出を巡らせ涙ぐむ人もいれば、優しく微笑む人もいる。何かから解き放たれるように清々しい表情を魅せる人もいれば、悔しそうな表情をしながら辛そうにサインをする人もいた。利益を考えてニヤッとする人もいた。

不動産取引は、ただ単にお金の計算をして、家や土地を取引するだけじゃないことを教えてもらった。

私は…私は不動産を手放す人、不動産を購入する人の気持ちを考えながらやっていきたいと思った。お金もすっごく欲しいけどっ!!

地主様と、豪邸のことを考えながら車を運転した。

地主様の時間が来るのは、いつなんだろうか。その時、自分は何をしているんだろうか。まだみのりさんと一緒なんだろうか…。

みのり『X年後、この地主の豪邸、かもねぎ不動産の最初の物件として、かもねぎ不動産の事務所として購入することになるのだが、それはまた別のお話(王様のレストラン風に』

カモ『勝手に人の心にナレーションを入れないでくださいwwww』

ちょっと舌を出して、テヘペロってしながらみのりさんは笑った。西日に照らされたみのりさんの顔は鮮やかなオレンジ色を呈していた。

今はとりあえず、地主様が元気で長生きしてくれることを祈ろうと思う。

地主様の人生が少しだけ見えた一日、改めて不動産がもつ重さを感じた一日でした。

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