#47. 我々を恋愛から救うのは理性よりも多忙である。

書類を書くカモ

福岡から帰った日から、またいつもの日常が始まった。

みのりさんの事情を知ったからといって、LINEは返ってこないし、自分も何と送っていいか分からない。

『過去を知ったので、付き合ってください!!』なんてLINE出来るはずもない…。

田舎の病院で働いていることもあり、気温が高くなるにつれ、体調を崩す人が増えて外来は混み合っていた。

朝一番から外来の診察を始めて、午後3時過ぎまでぶっ続けで働き、入院患者さんのカルテを確認しながらご飯を食べて、また診察に戻る。診察が終わると、夕方から入院患者さんの所に行き回診を行う。その後にカルテや書類を書いて、23時過ぎに一息つき、深夜0時に帰宅という生活を繰り返す。

一日中仕事のことを、仕事のことだけを考えるようにしていた。

毎日、毎日、毎日一生懸命働いた。

カモ(今月の給料で、与信少しでも回復するといいな…)

いやいやいやいや、今は仕事のことだけ、患者さんのことだけ考えよう。

自分には、やるべきことがある!!

そう言って、自分の気持ちをごまかした。

毎日、たくさんの患者さんに会い、大量のカルテを、書類を書いた。自分の感情を、思い通りにならない憤りを、卑小感を、喪失感を、過去を、全部をぶつけるように働いた。

カモ『とにかく全部、受けてください。』

気がつくと、ほとんど毎日、救急車が来るようになっていた。ベッドの稼働率も上がり、病院の事務長は喜んでいた。

仕事が終わると同時に、力尽きて病院内の自室にあるソファーに倒れ込む。

家に帰るのも面倒臭くなり、そのまま寝るようになった。

その日の診察は、朝から雨が降っていたこともあり、比較的穏やかだった。

診察の合間合間に、患者さんのカルテや意見書を書いていた。いつも外来についてくれている看護師さんがインスタントコーヒーとちょっとしたお菓子を出してくれる。

看護師『最近 カモ先生、働き過ぎじゃないですか?』

カモ 『大丈夫ですよ、身体は丈夫ですからwwそれに…今は仕事を頑張りたいんです。』

コーヒーを飲みながら書類を書いていると、急に字の色が薄く擦れたようになった。

カモ (あ…インクがなくなったかな…)

インクがなくなるのは、いつものこと。特に紙カルテの病院ではよくある光景。詰め替え用のインクを出して交換する。それだけのこと。

だけどその日、その時、その瞬間、急に仕事の糸が切れた。堰を切ったように抑えていた感情が噴出した。

みのり『カモ先生、アパート1棟おめでとうございますっ!!はい、これっ!!』

カモ 『え?何ですかこれ??』

みのり『カモ先生、初の1棟アパート記念ですっ!!いつもカモ先生、製薬会社からもらったボールペンだったじゃないですかwwだから私からボールペンをプレゼントしようかと思って(*´∀`*)』

カモ 『え…良いんですか?』

みのり『もちろんですよっ!!これで買い付け証明書いっぱい書けますねっ!!』

カモ 『おいwwwww』

みのり『私だと思って、仕事の時も使ってくださいね(*´∀`*)』

みのりさんの声が聞こえる。元気で、はつらつとしていて、そしてちょっと間の抜けた声。

涙で文字が…書類が全くが見えない。

涙が止まらない。

いつも使っていたボールペン…

それは初めてみのりさんにもらったParkerのボールペンだった。

カモ 『仕事の時もって…みのりさん、それは辛すぎるだろ…』

みのり『大事にしてくださいよっ!!』

カモ 『馬鹿なやつ、自分の家を取り返さないといけないのに、こんな高そうなの買いやがって…』

みのり『奮発したんですからっ!!あと10枚は買い付け証明書書いてもらわないと』

カモ 『書くさ、何枚でも!!どんだけ借金を作っても、与信がなくなっても…当直も頑張るからっ!!だから、だから傍にいてくれよ…。』

みのり『・・・・。』

過剰なドーパミン分泌が作り出す みのりさんの幻影は、この恋愛感情の答えを持ち合わせていないようだった。

いい歳した大の大人が、嗚咽しながら泣いている。

患者さんの意見書は、涙でボロボロになっていた。

看護師『カモ先生… 大丈夫です…か?』

カモ 『だ…大丈夫です。ちょっとお手洗いに行ってきます。』

トイレに行くと言って、自室に戻り、声を出して泣いた。

涙が涸れるまで、泣きまくった。

自分を苦しめる、胸ポケットに刺さったParkerを投げ捨てようと思い、握ったまま拳を振り上げた。

みのり『これから、どんな物件に出逢えますかねっ!?ワクワクしませんか?』

握ったままの拳を振り下ろせない。こんなボールペン、思い出ごと投げ捨てれば楽になるのに…。Parkerを握りしめたままゆっくり深呼吸をする。

カモ 『ちょっと…さすがにこれは重症すぎる…。完全に幻聴じゃないかwww』

1日分の涙が枯渇すると、少しだけ冷静さを取り戻すことが出来た。

みのりさんが好きだ。ただそれだけ。

それだけで、自分はこんなに辛い思いをしているかと思うと、改めてみのりさんの破壊力に笑いがこみ上げた。

カモは、携帯電話を出し、LINEを起動した。

何日も前から、既読になったままのカモのメッセージ。

返事は返ってこないと思う。それでもカモは伝えたかった。

『逢いたいです』

スポンサーリンク
レクタングル(大)広告
レクタングル(大)広告

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする